孤独の風景

照り付ける日差しの中、イヤホンを身から離さずにいた。
取り留めもなく歩く。
彼はさながら冒険者のような心持ちで、未だに見たことがない道を練り歩いていた。

左腕につけたApple Watchを凝視しながら、消費カロリーと睨めっこをする。
忙しない心と埋没したい心情が、夢ごごちのような昼下がりを演出していた。

僕の耳からは、しょうもないことばかり流れている。
合成音声で作られた、昔好きだったアニメの解説動画を聴いている。
ただ、とにかく休まることがない心を、体を動かすことで誤魔化していた。

5月のころ。
新年度になれば何か自体は好転するのではないかと、何かの節目さえ来てしまえば、事態の展望があるのではないかと思っていた。
しかしながら、人間の決めた節目などなんの力もない。これまで過ごした2ヶ月と同じように、ただ時は同じように流れていくだけだった。

ちょうどその頃は漫画ばかり読んでいた。
焚き付ける内言と世界が止まったような感覚を得ながら、アプリで読めそうな漫画を探していた。
覚えているのは、「シティーハンター」と「ゴールデンカムイ」で、アプリのライフポイントが回復すると漫画を読み、形容する必要のない時間が過ぎて、DCGアプリの新情報をTwitterで待っていた。

一日一日と新たに出てくる情報は、僕にとっては毎日は更新されているということを実感できるもので、同時に更新されていきながら、高校生のころの感覚を思い出していた。

当てもなく、寄る辺もなく過ごしていきながら、この先のことも直視できず、降りかかる過去のことから逃げ惑う日々だった。

坂道を登っていた。
僕は奮発して購入していたマウンテンバイクで、坂道を走っている。
耳からは骨伝導イヤホンで、意味もない音声が流れている。

僕は大食い動画を音声だけ聞くというよくわからないことをしながら、単に食事に対する欲求があることを感じながら生きていた。
坂道を登る。バイパス沿いに走り、高校生の頃、カードショップに行くために1時間自転車を漕いでいた道をなぞっている。

そして僕は一人暮らしをしていたアパートに、ちょっとした自由のためと、充満する情念の衝動が詰まった部屋に戻る。
便宜上は、アパートに取りに行かなくちゃいけない物があったり、役所での手続きがあったりしたから戻っていた気がした。

僕は餞別でもらった菓子折りを、成分表と睨めっこした上で、どうでもいいかと思い、咀嚼していた。
凍りついた時間と直視できない影がちらついて、一人でいることの恐怖を味わっていた。

翌日には、僕はまた冒険者のような心持ちになって、意味もなく道を外して自転車を漕いでいた。
誰もいないバイパス沿いの田園を走り抜けていると、この時間だけは自由な気がした。

そういった行動を反復していた。
僕が一人暮らしのアパートを立ち去らなかったのは、ここがなくなったら、僕にとっての希望みたいなものが潰える様な気がしてならなかったからだ。

実家にしかいけないというのは、僕の過去の負の象徴で、それを想起させるには十分過ぎたのだ。
何にせよ、今回の件は、その遺産の延長線上に過ぎないことは、どこかで重々わかっていた。

BUMP OF CHICKENの『ダイヤモンド』が流れ、意味もなくとにかく歩き続けていた。
たわいもない現実逃避と子供の無邪気な要望を混ぜ合わせた気分で、どんな仕事をしてみようかと考えていた。

1時間強歩き、BOOKOFFに着いた。
そこは大型の店舗で、本だけでなく、衣服やTCGも取り扱っているような形態だった。
TCGゾーンに行き、人が案外多くいるのを感じ、意味もなく見ていたデュエル・マスターズの対戦動画を思い出していた。

スタッフ募集の張り紙を見つけ、雇用条件を見てみる。
なんだか寂しい気分になった覚えがある。
現実は思ったより夢心地ではいられない気がして、歩きながらスマートフォンで転職に関する情報をサーフィンする。

見れば見るほど絶望感に苛まれてきて、頭の中で声が反復する。
どうしようもなさが付き纏いながら、皮肉にも外はいい天気だった。

田んぼは稲作の準備を始め、がらんどうとした空間には、山脈から吹く風が通り抜けていた。

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