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追浜の子どもたちと桑原将志

「桑原、もうだめかもしれないね」
 家族が口にした言葉が胸に鋭く突き刺さる。8月23日、桑原将志の一軍登録抹消が公示された。今季三度目の二軍降格だ。がんばってほしいけど、と付け加えられたが、刺さった棘はなかなか抜けなかった。

 2017年はセンターとしてレギュラーの座を譲らず、全143試合に出場していた桑原は、翌年から長期的な打撃不振に見舞われる。ライバルの台頭もあり、2018年に出場した試合の数は127に留まった。今年4月には2015年以来となる二軍降格を経験。前述の通り、その後も昇格と降格を繰り返した。

 私が知っている桑原の本来の力は、こんなもんじゃない。桑原がヒットを打てば、盗塁をすれば、ファインプレーを決めれば、青く染められたスタンドは我が事のように歓喜する。あの球場の空気を変える活躍を、またハマスタで観ることはできるんだろうか。本人が逆境にある時こそファンは信じて応援するべきだとは思うけれども、本人をよそに不安で苦しくなってしまう。

 今、桑原に何が起きているのか。それを知りたくて、集められる情報はかき集めてみた。過去3年間の打撃成績データを調べたり、桑原が出場している二軍の試合も中継でチェックしたり。しかし野球未経験かつ数字に弱い自分が、それらを見てはっきりとした何かをすぐに掴めるはずもなかった。とにかく、とりあえず、本人がどのように二軍で練習を行っているのかを、この目で確認するほかない。そう意気込んで、この夏にオープンしたばかりの二軍施設に乗り込んだ。
 桑原本人に関して特に目新しい発見はなかった。しかし、そこで見た光景に何より勇気づけられた。それは、桑原に声援を送る子どもたちの姿だった。

 9月1日、日曜日。神奈川県横須賀市追浜公園内にある二軍施設、DOCK OF BAYSTARS YOKOSUKAを訪れた。当日は二軍の試合もなかったため、じっくりここで練習を見学できるのではと踏んだのだ。

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 朝10時前のメイングラウンドでは、若手選手たちによる早出練習が行われている。それが終わると、ぞろぞろと他の選手たちも出てきて各自キャッチボールを始めた。負傷により二軍調整していた正捕手・伊藤光は、(その恵まれた容姿のせいもあり)すぐに見つけることができた。しかし桑原の姿がなかなか見当たらない。グラウンドの奥の方まで目を凝らすと、オールドスタイルの、小柄で色黒な背番号1の選手を見つけることができた。桑原だ。

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 キャッチボールの後、内野手、外野手、捕手に分かれて守備練習が行われた。外野手はノックを行っていたが、そこに参加していた桑原以外の選手は皆20代前半。高卒8年目となる26歳の桑原は、中堅と呼ばれる世代に差し掛かる。和気藹々とした雰囲気の中にあっても、桑原の打球判断の早さが抜きん出ていることは、素人目にも明らかだった。2017年に三井ゴールデン・グラブ賞を受賞した名手の守備は、ここでも健在だ。

 しかし問題は打撃である。練習は、トスバッティングとフリーバッティングに移る。フリーバッティング中には、打ち損じて首をかしげ、苦笑いする桑原の姿も見られた。同じ右打者である伊藤光たちと交代でバッティングゲージに入っていたが、力強い打球を飛ばしていた伊藤光に比べると、桑原の当たりは少々元気がない印象も受けてしまった。

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 この時間帯になると、見学ブースに集まるファンも増えていた。日曜日ということもあり、子どもたちも多く訪れている。その子どもたちに一番名前を呼ばれていた選手は、他でもない桑原だった。

「クワだ!」
「クワ、どこにいるの?」
 子どもたちはフェンスの向こうに、桑原の姿を見つけようとする。子どもたちから桑原にひときわ大きな声援が送られていることは、ハマスタにいても実感していた。元気なキャラクターとして時に身体を張って笑いを取り、グラウンドを駆けまわる桑原は、子どもたちを強く惹きつけるものを持っているのだろう。
 しかし場所を変えて、この二軍施設でも同じ光景を目にするとは予想していなかった。

 私が桑原のフリーバッティングをスマホで動画撮影していると、隣にいた男の子の「桑原がんばれ」という声が耳に入り込んできた。桑原本人に届くような、大きな声ではない。しかし明らかに、思いが本人に届くようにと願うような声だった。どうして今桑原がここにいるのか、彼はきっと理解しているだろう。その上で、はっきりと桑原の名を呼び声援を送っている。

 子どもたちの心の中には、桑原がいる。2位として首位を追い、リーグ優勝を狙う一軍に今、いなくても。
 球団の顔として常にチームを牽引し、ハマスタを沸かせる筒香嘉智や山﨑康晃は、間違いなく子どもたちのヒーローだ。だけど子どもたちにとっては、追浜で若手とともに練習に励む桑原もまたヒーローなのだ。

 桑原がこの先どのような野球人生を送るのか、誰にも分からない。復活と呼べる姿を目にするまで、もしかしたら長い時間がかかるのかもしれない。だけど私は、ついばかげた連想をしたくなってしまう。
 どんなヒーローでも、傷つくことは避けられない。でもその挫折が絶望的に見えるほど、物語はドラマチックになる。必ずヒーローは立ち上がるようにできているから。
 少なくとも桑原には、窮地でも変わらず声援を送る子どもたちがいる。現実にはそんなヒーローは、意外と多くない。こんな選手を、このまま天が放っておくはずがない。陳腐な物言いだけれど、そう考えて未来に希望を託したくなる。桑原と子どもたちの喜びの笑顔がはじける日は、きっとまたやってくる。いや必ず。

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(2019.9.15)