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巨人優勝試合で三振したラストバッター、横浜・楠本泰史 彼が戦うことをやめないのなら

 巨人のクローザー、デラロサがスライダーを投げる。左打席のバッターが大きくスイングし、膝を折りながら空振りに終わる。そんな映像や写真が、2019年巨人セ・リーグ優勝の瞬間として、何度もメディアで取り上げられることだろう。

 結果として巨人優勝を決めたラストバッター、横浜DeNAベイスターズ2年目外野手、楠本泰史。
 今年オープン戦で首位打者となり、6月9日には対西武戦で代打逆転満塁ホームランを放った(なお自身にとってもプロ初ホームランである)、いわばチーム期待の若手だ。

 しかしなぜか楠本は、追い風がその背中を押したと思えば、すぐに壁にぶつかってしまう。多かれ少なかれ、野球選手は誰しもそうかもしれないが、楠本は真正面という真正面からぶつかるのだ。しかも物凄い勢いで。

 オープン戦首位打者という結果を受け、今年楠本は開幕スタメンに抜擢される。しかし開幕2日目の3月30日、対中日戦にて、守備時にセカンドのソトと交錯。その際に首を痛めた影響からか、絶好調だった打撃にも翳りが出てしまった。
 平成ラストの試合となった4月30日対ヤクルト戦で、延長戦の最後に打席に立ったのも楠本だった。試合は9-8で横浜の負け。楠本は、横浜で平成最後に打席でアウトとなった選手になってしまった。
 
 忘れられないのは、6月15日の対ソフトバンク戦だ。
 レフトとしてスタメン起用された楠本は、1回裏の守備時に打球を追ってスライディングキャッチを試み、左手首を捻ってしまう。センターの神里ともうまく連携を取れていないまま、危険なプレーを行ったように見えた。楠本は治療のためベンチに下がり、次の守備の回で交代を告げられる。

「腸が煮えくり返る」という形容が相応しいほど、どうしようもなく苛立ってしまった。他の誰でもない彼本人に。この6日前に打った逆転満塁ホームランだけでは、一軍定着は勝ち取れない。限られたチャンスが与えられている時に、それをしっかりと掴み取らなければならない。その絶好の舞台を、自ら手放してしまったかのように見えたのだ。
 どうして周りが見えないまま、打球を追い続けるのだろう。3月にも交錯して首を痛めているのだから、守備時に負傷することの代償も分かっているはずなのに。主力選手にも積極的に質問し、ともに練習することを申し出る意識の高さと向上心もあるはずなのに。

 応援している選手が負傷している場面で、これほどまで立腹してしまうのは自分でも不可解だった。その憤りの行き先を眺めると、思い当たる節があった。楠本に向けて募らせた言葉は、時に私が周囲から注がれ、時に私自身が自分に浴びせる言葉でもあったのだ。
 
 目的を追いかける余り、周りが見えない。意志は強いのに、向こう見ず。期待に応えるべき場面で、うまく振る舞えない。
 楠本自身がどういった人物なのか、直接知る術もない。そもそもプロ野球という厳しい世界で戦う人に、勝負とかけ離れた日常を送る自分を重ねることなど、失礼なことだ。

 だけれども、彼にそうした視線を注いでしまうのなら。壁にぶつかっては乗り越える姿を見続けることで、自分自身を奮い立たせることぐらいはしてもバチは当たらない。

 勝負の舞台とは無縁の生活を送ってはいるものの、私はどうしても毎日を生きることは戦いだという意識を拭うことができない。マイナスから始まり、下り坂を踏ん張ることできっと終わっていくだろう人生。好きなものに囲われた、心地の良い空間を抜けたその瞬間から、心を武装して歩かなくてはならない。いつ撃たれるか分からない。いつ足元を掬われてしまうか分からない。

 本当は戦いたくなんてない。でも、ファイティングポーズを崩してしまえば、そのままきっと転げ落ちてしまう。そんな思いをするなら戦うことを選ぶ。落ちていく方が楽だとしても、惨めだとしてもしがみついていたい。転げ落ちるんだったら、ファイティングポーズを取ったまま転がっていきたい。

 周りが見えずに全速力で突っ走って、スピードを落とさず壁にぶち当たってしまう楠本の姿に、自分を見てしまうのなら。それでも楠本が、諦めず打席に立ち続け、笑顔でチームメイトとハイタッチする姿を見せるなら。

 楠本が戦っているなら、自分も戦わなくてはいけない。身の程知らずな思いだけれども、その思いが日常の私を支えていた。

 だからこそ原監督胴上げの直後は、まるで自分が最後に空振り三振をしてしまったかのように、悔しくてたまらなかった。彼が三振する映像が目に入ってしまうのが嫌で、しばらくテレビを観ることができなかった。

 でも、この悔しさは彼をまだ見ぬ場所に連れていくはず。その確信を失うことはなかった。ここで終わるわけがないし、折れるわけがない。そう思うことは私にも前を向かせてくれる。 

 リーグ優勝を決める試合の最後の打者になること。こんなに華々しい壁もないじゃないか。
 戦え、戦え。傷ついても戦って、戦い続けて、強くなれ。強く、強く。