見出し画像

等温不可逆過程

等温操作から始めよう

 前回は,おもりをピストンの上に置くことで,大気圧を表現しました。平衡状態では大気圧とピストン内部の気体の圧力は釣り合っています。しかし外部から気体に圧力を加えると,系は非平衡状態になります。

 今回は,非平衡状態を経るものの,始状態と終状態の温度を同じ状態にする等温操作から話を始めよう。そのためには、系であるビーカーを湯浴や恒温曹などに入れ、系の温度変化が生じないようにします。

等温操作

 今,大気圧と平衡にある系を(平衡)状態1とします。ピストンの上におもりを乗せると系はたちまち非平衡状態になり,急激な圧縮が始まります。外界と系を常に一定温度$${T}$$を保つようにしながら操作を行い、最終的に系は状態2になります。これを等温圧縮といいます。逆の操作は等温膨張です。これは状態2からおもりを取り去って気体の体積を膨張させ,状態1に戻す操作です。

 圧力を変える操作は,感覚的に覚えている方もいるかもしれません。それもそのはず,実は小学校4年生のとき,理科の「閉じ込められた空気」という単元で体験的に学んでいます。現時点の私たちにとって,気体から得られる情報は,手で気体を押した時の外圧と,目で見て,あるいはピストンの高さをものさしで測定してわかる体積だけです。

PVグラフの読み方

 さあ,この二つの情報から仕事を求めてみましょう。仕事とは系に流入したエネルギーの移動量でした。気体が外界からなされる仕事$${W}$$は以下の式で計算できます。

$$
W = -P_{ex} \Delta V
$$

 ここで,$${P_{ex}}$$は外圧であり,$${ex}$$は外部(external)の略です。仕事の大きさは圧力と体積の積ですので,縦軸を$${P}$$,横軸を$${V}$$とした$${PV}$$グラフを書くことで,仕事の大きさをグラフの面積として視覚的に表現することができます。

 $${PV}$$グラフにおいて,温度一定の条件における平衡状態は理想気体の状態方程式を表す反比例の曲線$${P = nRT/V}$$上の点です。この曲線以外の点は全て非平衡状態です。

圧縮仕事の大きさ

 状態1から状態2に向かって系を圧縮するためには,現在の内圧$${P_1}$$よりも大きな圧力を加えなければなりません。そのため,ピストンにおもりを追加して圧力を急激に$${P_2}$$にしたとします。これを$${PV}$$グラフ上で見ると,状態1にあった点は上方向に垂直に移動します。すると系は急激に圧縮され,やがてこの点は温度$${T}$$における平衡状態である状態2の点まで水平左方向に移動して止まります。

 このとき,体積変化は負($${\Delta V = V_2 - V_1 < 0}$$)なので,仕事は正($${W > 0}$$)となります。すなわち系にはエネルギーが流入します。また,外界から系になされた圧縮仕事の大きさは,$${PV}$$グラフの水平な直線より下の長方形の面積になります。

膨張仕事の大きさ

 次に状態2から状態1まで気体を膨張するためには,系にかかる外圧を内圧よりも下げる必要があります。そこでピストンの上のおもりを取り除いて,外圧を急激に$${P_1}$$に下げると,系は状態1まで膨張して止まります。$${PV}$$グラフ上では状態2にあった点が,まず垂直下向きの方向に移動したのち,水平右方向に移動することを意味します。

 このとき系が外界からなされた膨張仕事は,体積変化が正($${\Delta V = V_1 - V_2 > 0}$$)なので仕事は負($${W < 0}$$)となります。すなわち系からはエネルギーが仕事として流出します。また、膨張仕事の大きさは$${PV}$$図の水平右方向の直線より下の長方形の面積になります。

気体の圧縮と膨張を繰り返すとどうなるか?

 以上の結果から,非平衡状態を通る過程では膨張仕事と圧縮仕事の量が一致しないことがわかります。外界から系になされる仕事量は圧縮によって系に流入した量よりも,膨張によって系から流出した量のほうが少なくなります。これが,経路に依存する移動量である仕事の特徴です。

 なぜ圧縮と膨張の仕事量が異なるのでしょうか?ピストンが急激に動くと,気体は不均一になります。圧縮のときはピストンが急に下向きに加速されるため,ピストンの下付近の気体の密度が大きくなります。その結果,気体は外界から多くの仕事をなされます。

急激な圧力変化の際の気体の様子

 一方,膨張の時はピストンに上向きの加速度が生じるため,ピストン付近の気体の密度は小さくなります。その結果,気体はピストンに対して十分に力を及ぼすことができないので,気体は外界に十分な仕事を行うことができません。すなわち,ピストンに外から力を加えて何度も圧縮と膨張を繰り返すと,外界から系にエネルギーがどんどん流入します。

系に仕事として流入したエネルギーの行方

 さて,系に仕事として流入したエネルギーはその後どうなるのでしょうか?ピストンを急激に圧縮すると気体の密度だけでなく温度も不均一になります。系の温度が外界と等しくなるまでは,ある程度時間がかかります。そこで,この過程を断熱圧縮過程と温度を元に戻す過程の2段階に分けて考え直すことができます。

仕事で流入したエネルギーは温度を元に戻すと外界に流出する

 もし容器の壁がエネルギーを通さない断熱壁だったとしたら,流入した仕事は内部エネルギーを増加させ,その結果,系の温度は上昇するでしょう。

 一方,温度を元に戻す過程では,容器の壁はエネルギーを通します。理想気体の内部エネルギーは温度のみに比例し、体積には依存しません。そのため,温度を元に戻すと内部エネルギーも状態1と同じになります。これを熱力学第1法則に当てはめると以下のようになります。

$$
\Delta U = W + Q = 0
$$

したがって,

$$
W = -Q
$$

 この式から,仕事が正の場合,熱は負になることがわかります。すなわち,系になされた仕事は熱の形を取ってそのまま外界に流出するのです。

気体に圧縮と膨張を行った時になされる仕事量

 非平衡状態を経る等温操作によって,気体を圧縮してから再び膨張して系の圧力,温度,体積を元に戻すことは可能です。ただし,外界にはエネルギーが熱の形で移動しますので,外界を元に戻すことはできません。このような過程を不可逆過程といいます。

まとめ

  • 非平衡状態を経る等温操作では,膨張仕事と圧縮仕事の量は一致しない。

  • 膨張と圧縮を行なって系の状態を元に戻すと,系に与えられた仕事は熱の形を取って外界に流出する。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?