[創作]ステータスは回覧板で ①

20××年 某月
「氷河期世代は何か特典があるんですか?」
「えぇ、市政便りのお知らせ欄に小さくですが記載させていただいております」
女性がマニュアルを読みながら答えた。
「ですよね。で、特典というのは?」
「それはですね、、、」
女性はフローチャートを見ながら該当の項目を探していた。

私は今、区役所の特設会場で説明を受けていた。1週間前の政府の緊急生放送から今に至る。首相の発表、それは耳を疑うものだった。
「日本はナニモノかに支配された。そのナニモノは現在調査中である。現時点で判明しているナニモノかは、、、」

第1章 何かが始まった
区役所の女性から書類をもらい帰宅した。あの発表の衝撃度は凄まじく役所には多くの人が殺到し5時間待ってやっと順番が回ってきたと思ったら説明10分という簡素なものだった。役所も急な出来事に人を捌くので精一杯という感じであろう。

"現時点で判明しているナニモノかは目に見えない、実態がないというべきなのか、まだ具体的に判明していない。ピアノ線でも張られたかのように道を歩いただけで体に傷が付く。私自身も、今朝、手を切られた。いつどこでこの罠にかかるか分からない。国民は日常生活を行いつつこのトラップに気をつけるとともに、、、"

首相の話はこんな感じだったと思う。当たり前のことだが一度で内容を理解することはできなかった。

"また、今後の対策としては取り急ぎ各都道府県の自治体ごとに通達させていただく"

「自治体も大変だろうに。こんな謎な案件を丸投げされて」
そう、思わず呟いてしまった。

それからというもの、ネット民による"ナニモノかは何なのか探し"が始まった。政府が中途半端な情報を出したことで、ネット民は大いに盛り上がりを見せた。もしかしたら政府は情報を小出しにし、答えはネット民に出してもらおうと考えたのかもしれない。いや、待てよ。ナニモノか自体が嘘で他の企みに目を背けるための罠だとしたら。昔、推理作家を目指した脳が静かに考察し始めた。

そもそも、発表から3日経つがいつもと変わらない生活が続いている。

「ただいま」
「おかえり。今日は何かあった?」
「いや、特に何も」

最近の夫とのテンプレ化した会話である。何もないことに越したことはないが、あんな発表があったからには、何か起きてもいいんじゃないかと少し期待している自分もいた。

「そっか。会社でこういう対応してくださいとか。そういうのもないの?」
「うーん、特には。あーただ、毎日、誰々が腕を切られた、足を傷つけられたとかのメールはくるけどね」
ネクタイを外しながら夫は面倒臭そうに話す。
「えー、そういうの何かあったって言うんだよ。報告してよ」
私は、少しの変化でもいいから報告して欲しいと思うたちなのだが、夫は冷静に現状を見ようとしているのかあまり多くを語ることはなかった。

「まぁ、ただ転んだだけだと思うけど。いちいち大袈裟なんだよ。報告する内容が」
夫がそのメールをスマホで見せてくれた。

"営業五課の田中。腕をナニモノかに切られ負傷。軽傷とのこと"
"総務課の倉下。足をナニモノかに傷つけられ負傷。5針縫う怪我"

「どうしても"ナニモノか"っていう言葉を使いたいみたいだよね。くだらない」
「あ、うーん」
冷めた夫とは裏腹に自分はこれから起こるかもしれない騒動に胸が破裂しそうだった。

つづく

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