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44 凧揚げ

 子供の頃、凧揚げが好きだった。
 凧揚げというと、お正月にちょっと糸を出して、走りながらわぁ~い!みたいなほのぼのとしたイメージがあるけど、私が好きだったのはもう少しガチなやつ。
 当時は、三角形のゲイラカイトはまだ無くて、もっぱら昔ながらの奴凧。尻尾は自分で付けた。素材は肥料の紙袋が丈夫で最適だった。長い方が安定するけど、長すぎると重くて浮力を奪う。1本でも2本でも良かったけど、私は1本派だった。凧糸を何本も繋いで、軸にぐるぐる巻きつけた。
 実家の東側には稲刈りの済んだ田んぼが広がっていて、場所には事欠かなかった。関東平野の北の外れは、冬に晴天が続く中、山からの冷たい北風がよく吹いた。兄がいたけれど、凧揚げの記憶は何故か一人だ。兄が学校から帰ってくる前だったのかもしれない。
 風を背に糸を繰り出すと、凧はぐんぐん空に昇る。奴の顔はどんどん遠ざかり、糸は自らの重みで穏やかな弧を描いた。凧揚げは、凧と自分のにらめっこだ。別に笑わせるわけではないけれど、糸を引いて煽ったり、横に走らせたり、わざとクルクル宙返りをさせたりしていると、いつの間にか凧が仲のいい友だちみたいに思えてくる。寒い北風が吹く中、子供の私は飽かず田んぼの中に一人立ち尽くしていた。
 大変なのは糸を巻き戻す時だった。行きはよいよいで糸を出したものの、巻くときには風が強いほど抵抗も大きい。暫く巻いてはみるものの、これではいつ巻き終わるか分からないと思った私は、よく糸巻きをわざと手放した。糸が切れたと同じ状態の凧はひらひらと風に舞って流れる。その様子が楽しくて、私は田んぼの中を走って追いかけた。風によっては随分遠くまで飛ばされたけど、いつかは地上に落ちてくる。そうなればもうこっちのものだ。風の抵抗なく糸を巻き取って、相棒の凧を抱えてとぼとぼと家に向かう頃には、とっくにほっぺたが真っ赤になっていた。

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