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蝶を眺める

 週末、所用で小田原方面に向かった機会を捉えて、かねてから気になっていた江之浦測候所を訪れた。気象関連かと聞き紛うその施設は、杉本博司さんが江之浦の斜面に広がるみかん畑に創造した屋外型美術館とでもいうべきものだ。天空の中で自らの場を確認する作業(天空の測候)がアートの起源であるとし、自然との調和の内に生きるという日本文化の精髄を発信していきたいとの意図が込められている。その象徴が大谷石とガラスで構成された直線100mのギャラリーと、それと斜めに立体交差して海へと延びる鉄の隧道(トンネル)だ。ギャラリーには夏至の、隧道には冬至の朝の光が真っ直ぐ差し込むらしい。両方を巡ると、季節による太陽の軌道の違いを体で感じることが出来る。石造の鳥居をくぐった先にある茶室の躙り口からは、春分と秋分の朝陽が床に差し込む。屋根には作業小屋の錆びたトタンが貼られ、雨の音が聴こえるようになっているとのこと。「雨聴天」と名付けられた茶室の由来だ。さりげなく配置された石や灯篭、案内板に至るまで、その一つ一つに来歴の有る広大な敷地を一回りすると、あっという間に2時間が経過していた。午前と午後の予約制で人数も制限されている入場者の約半分は海外の方々だった。一体どうやって情報を入手しているのだろう?
 入場前、(いつものように)測候所に早めに着いた私は、開場までの時間を入り口手前のカフェで過ごした。古代をイメージして石組みのカウンターやテーブル等が配された屋外のスペースで、緑の斜面の先に相模湾が広がっている。着いた時にはお店のスタッフも不在で、午前の入場者がちらほら。ただぼおっと海を眺めていると、目の前をひらひらと揚羽蝶が舞っている。黒い羽根の下部に白い紋のあるもの、縦に鮮やかな青緑のラインが入ったものなど様々だ。トンボとは違うその不規則な軌道は、時には高く空と海に溶け、時には低く緑の中に隠れる。あるものは単独で、あるものはペアで、その舞踏は視界に出入りしながら延々と続く。こんなにゆっくりと蝶が飛ぶのを眺めるなんていつ以来だろう?ひょっとすると生まれて初めてかもしれない。やろうと思えばいつでも出来るのに、日々の慌ただしさにかまけて見過ごしているもの、きっと他にもたくさんあるんだろうなという思いがふっと浮かぶ。今回、江之浦測候所を堪能したことは勿論、図らずも蝶を眺めた時間が思いのほか印象深く、たくさん撮った写真の中から冒頭の1枚を掲載してみた次第(すみません、蝶は撮影NG?でした)。
 

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