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#54 ブルックナーの朝

 今年の夏は暑かった(まだ暑い!)。よく「暑さ寒さも彼岸まで」と言うけれど、長年の経験から(どんな経験だ?)、個人的に夏と秋の切り替えは9月13日の夜と14日の朝の間に行われるのではないかと睨んでいる。13日の夜の間に夏が入道雲に乗って退場し、14日の朝には秋の高い空が残されているという仕組みだ。何となく、夏は男性名詞、秋は女性名詞という感じだけれど、フランス語辺りでの扱いはどうなっているんだろう?
 で、私には、毎年目が覚めてキッパリと秋が来たなと感じる朝に、儀式のように聴くレコードがある。ブルックナー8番の第三楽章、指揮はクナッパーツブッシュ、演奏はミュンヘン フィルハーモニー管弦楽団で、1963年にミュンヘンで録音されたものだ。第三楽章だけ?という突っ込みは甘んじてうける。それだけで30分近くあるのだ(ごめんなさい)。
 私にこのレコードを薦めたのは、学生時代の友人Sだった。入学した時のクラスがいっしょで進学した学科も同じだったが、お互いあまり教室に行かなくなったので、よく顔を合わせていたのは1年の頃だ。1年中(入学式も!)アディダスのジャージで過ごすSは当然のようにサッカー少年だったが、同時にクラシックファンでもあった。特にブルックナーが好きで、たまたま生協のレコード売り場で出会ったとき、このレコードはとてもお買い得だから是非買っておいた方がいいと推された。確か2枚組で1500円位だった気がするけど、今ジャケットの裏をみたら3000円て書いてある。特別セールだったのかな?
 その頃、私のアパートとSの実家が2駅の距離だったので、よくSが部屋に遊びにきた。主な目的は中日戦のラジオを聴くこと。当時、テレビの野球中継は巨人戦だけで、東京では名古屋のラジオ電波がなかなか入らなかった。私の持っていた名機スカイセンサー5600がとらえる雑音交じりの放送を聴きながら、Sはいかに大島が天才的なバッターであるかを力説した。お酒はあまり飲まなかったけれど、音楽の話とかもいろいろする中で、美の本質は儚さであるという点で意見が一致していた。
 本も音楽も雑食の私は、当時も今もクラシックファンを名乗るような蓄積は全くないが、秋の朝にこの第三楽章を聴くと、自分がアルプスの高い草原にいて、遥かに下界を見下ろしながら蒼く高い空に昇っていくような気分になる。Sは今でもこのレコードを聴いているだろうか?

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