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(小説)おおかみ少女・マザー編(一・三)

(一・三)ムーン
 サンシャインが狼山に戻った時、雨と雷鳴は既に止んでいた。時刻は夜の帳の降りる頃である。
 サンシャインはゆっくりと赤ん坊を地面に下ろすと、銜えていたベビー服を口から離した。赤ん坊は目を覚ましたが、怯えることもなく、しっかと両の目を見開いた。ただその目はまだ焦点が定まっておらず、相手の存在をおぼろげに感じ取るのみであった。にもかかわらず赤ん坊は自らを見詰めるサンシャインの慈愛に満ちた顔、瞳の中に、命のぬくもりと息遣い、鼓動、体温、やさしさと言ったものを感じ取ったのである。
 オギャー、オギャー……。
 赤ん坊は元気に泣き出した。サンシャインにぬくもりと愛情を求め、親のように慕い、甘えるように。
 良し良し。サンシャインはざらざらした長い舌でペロリペロリと、赤ん坊の柔らかな頬っぺたを舐め回した。すると赤ん坊はくすぐったいのか泣くのを止め、くすくすっと笑い出した。赤ん坊の無邪気な笑顔を見詰めながら、サンシャインもまた安堵した。

 再びベビー服を銜えるとサンシャインは赤子と共に、仲間たちが身を潜めるほら穴へと入っていった。そこはまっ暗闇。赤ん坊の泣き声によって既にリーダーの帰還に気付いていた狼たちが、のっそりとサンシャインと赤ん坊の周りに集まって来た。ぎらぎらとした狼たちの無数の瞳が、暗黒の中に妖しく光っている。目がほら穴の闇に慣れた赤ん坊は、自分を取り囲むその恐ろしき光景に本能的に怯えた。再び大声で泣き出した。
 オギャー、オギャー、オギャー……。
 その声はほら穴中に響き渡った。
「ムーンよ」
 サンシャインはテレパシーによって、群れの中の一匹を呼んだ。呼ばれたムーンとはメスであり、加えて子を出産してまだ間がなく、お乳が出た。サンシャインはムーンの母乳を、赤ん坊にも与えようと考えたのである。ムーンはそれを快く受け入れた。
「分かったわ、サンシャイン」
 早速赤ん坊にお乳を授けようと、ムーンはゴロンと地面に横になった。ところが母親のその動作に勘違いしたのか、ムーンの子どもである赤ん坊狼のフォエバがよちよちと寄って来た。そしてオスであり腕白坊主のフォエバは母親の乳首に食らい付くや、いつものようにチューチューと思い切り吸い始めたのである。
 ムーンとフォエバの授乳の光景を目にし、と言ってもまだはっきりとは見えないが、それでも親子の交流と温もりとを感じ取った赤ん坊は、突如ピタッと泣くのを止めた。良し良しとサンシャインは赤ん坊をフォエバの横にそっと降ろし、銜えていたベビー服を口から離した。
 サンシャインは通じるなどとは思わなかったが、試しにテレパシーで赤ん坊に向かって囁き掛けてみた。
「さあ、お腹が減ったであろう。遠慮せずに、おまえもお飲み」
 すると赤ん坊は、サンシャインに向かって頷いたような気がした。それは丸でテレパシーが、見事に伝わったかの如くに。
 それからはムーンの出番である。ムーンが自らの乳首のひとつを赤ん坊の口に近付けてやるや、赤ん坊はそれが生きてゆく為の本能であるかの如く、躊躇うことなくムーンの乳首に吸い付いた。そしてフォエバ同様、チューチューと元気に吸い始めたのである。
 横目でそれを見たフォエバは口を止め、驚きと嫉妬との眼差しを赤ん坊に向けた。がそれも一瞬のこと。母の乳を横取りするよそ者をやさしく受け入れ、自分もまたチューチューを再開した。
 こうして赤ん坊はフォエバと共に、ムーンのおっぱいを仲良く吸い続けた。ムーン、サンシャインを始めとするオオカミ族の仲間たちは、安堵の念に包まれながら、温かき眼差しで幼子たちをやさしく見守っているのであった。

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