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(小説)宇宙ステーション・救世主編(十二・四)

※過激、不快と感じる表現あります、ご注意を。
(十二・四)子犬と少年
 さて先月、神隠しにでも遭ったかの如く雪の前に姿を現さなかった子犬と少年。久し振りに夜の弁天川に登場、河原に佇んでいる。冬近い河原には霜が降り、最早鳴く虫の声もない。地にはアザミ、竜胆が雑草に紛れ咲いており、時より吹く気の早い木枯らしに寒々と震えている。
 そんな荒涼とした河原に幾夜となく立って、ひたすら雪を待つ子犬と少年。子犬などは腹を空かして死にそうである。けれど待てど暮らせど雪の来る気配はない。そこで子犬と少年の方から、エデンの東のビルを訪ねる。ところが店は既に閉店というか、もぬけの殻で灯りもない。入り口の前には、テナント募集の張り紙が付されている。
 仕方なし弁天川に引き返す子犬と少年。どうしたもんかと途方に暮れる少年に、突如子犬が「ワン、ワン、ワン」と合図を送る。くんくんくんと、何やら匂うらしい。付いて来いと歩き出す子犬の後を少年も追う。くんくん、くんくん、けれど空腹で足取りはよろよろ、よろよろ心許ない子犬、懸命に匂いを辿って少年を案内する。弁天川の上流へ上流へと上ってゆき、段々と川からも遠ざかる。
 一体何処へ行くのやら、少年は黙って付いてゆくばかり。するとどれ程歩き続けたか、いつしか目の前にひとつの建物が現れる。教会、そこは雑木林の中にひっそりと建つ教会である。しかし四方を有刺鉄線にて取り囲まれ、何とも不気味。これは確かに何かにおうぞと、有刺鉄線の前で立ち止まる子犬と少年。辺りに人の気配はなし。おまけに教会の隣りにはこれまた不気味な建物あり、その壁の色は灰色で窓ひとつないときている。ますます怪しい。
 きょろきょろ周囲を見回した後、子犬と少年は幽体の如くすーっと有刺鉄線を通り抜け、そうしたかと思うと教会の前を素通りし、その不気味な建物即ちお化け屋敷の前に立つのである。ここ、ここと、少年に頷いてみせる子犬、確かにこの中に雪がいると。ではまたお化け屋敷のドアをすーっと通り抜け、中に侵入するかと思えば然にあらず、子犬と少年はじっとそこに突っ立っているばかり。何かを待つようにただじっと沈黙し、確かに少年は何かを待っているようである。
 しばらく時が過ぎた後、ようやく子犬と少年に気付いた何者かが教会の中から出てくる。Mr霧下が責任者として運営するその教会は『日本救世主協会』という看板を掲げており、紛らわしいがあくまでも協会であり教会ではないところに留意されたい。詰まり闇の組織のカムフラージュ団体に過ぎないのである。
 そこの職員であるひとりの男が出てきて、お化け屋敷の前の少年に声を掛ける。
「何してんの、こんなとこで。危ないよ、坊や」
 けれど少年は黙ったまま。それにどうやって侵入出来たものか、不審に思った職員は一旦教会の中に戻り、代わりに別の男が現れる。その男こそ実は霧下に次ぐ組織の実力者、日本支部No2の佐端(さばた)である。かつこの男、病的な少年性愛者、美少年に欲情を抱く人物でもある。
 そんな佐端にとって、目の前の少年は正に飛んで火に入る夏の虫、鴨ねぎである。少年を一目見るなり、佐端の目には欲情の炎が熱く燃え上がる。雪が絶世美少女なら、少年は絶世美少年、儀式の生け贄としても申し分ない獲物。そんな少年を、佐端が逃がす筈もない。早速組織の中の同趣味のお仲間に、至急駆け付けるよう連絡を入れる。
 にこにこ少年に笑い掛ける佐端。
「坊や、迷子かな」
 すると無言で頷く少年。
「いい子だね。じゃ中に入って、おじさんとお話しようかな」
 佐端は行き成り少年の手を握ると、教会ではなくお化け屋敷へと連れてゆく。

 カチャッ。外からドアの鍵が解かれるその音に気付いて、びくっと目を覚ます雪。続けてドアが開閉された後、照明が灯る。眩しさにさっと目を瞑る雪、誰やろ一体。佐端はその性的嗜好故に女である雪には興味がなく、従って雪と佐端は初対面である。聞き覚えのない佐端の声が雪の耳に入ってくる。甘い猫撫で声である。
「さあ、こっちだよ。お犬さんも一緒でいいよ」
 お犬さん、何やろ。毛布に包まり床に寝転がる雪は寝た振りを続けながら、そっと薄目を開けちらっと様子を窺う。するとそこには……。まさか、我が目を疑う雪である。それもその筈、何と今、ひとりの男の後ろに、あの子犬を抱いた少年が立っているではないか。思わず、にいさん、と声を発しそうになって咄嗟に口と目を閉じる雪。
 にいさん、それに子犬のにいさんまで。何でこんなとこ、来たん。少年の方は変わりなさそうであるが、子犬は随分と痩せているようである。ちゃんと御飯食べてへんのちゃうか、心配でならない。いつもの子犬なら、雪を見れば喜んで「ワン」と飛び付いて来る筈なのに、今は大人しい。もしかして雪を捜して、まさかここまで来たんちゃうやろな。しもた、こんなとこ、にいさんたちの来るとこちゃうのに。
 出来るなら今直ぐにでも駆け寄って、子犬と少年に飛び付いて、思い切り抱き締めたい。けれど間には、邪魔者である組織の男がいる。それにしてもこの男、何の目的でにいさんたちをこんなとこに連れて来たんやろ、どきどき、どきどきっ、胸騒ぎがしてならない雪。そこへ佐端のお仲間が到着する、佐端を入れて人数は五人。
 早速男たちは、子犬を抱いた少年を取り囲む。少年にしか興味のない彼らには横たわる雪など眼中にない。
「この女、このままにしておいて大丈夫か」
「確かに危険だな。今は眠っているのかも知れんが、大事な儀式の最中に目覚められ下手に騒がれては煩わしい」
 男のひとりが眠った振りの雪の横腹を足で蹴る。う、痛っ。それでも寝た振りの雪。
「放っておけ。さあ始めるぞ」
 とは、雪に見向きもしない佐端の声。大事な儀式……、始めるて、一体何が始まるんやろ。雪は緊張しつつ耳をそばだてる。
「坊や。いい子だから大人しくするんだよ」
 佐端の言葉を合図に、まずひとりが少年の腕から乱暴に子犬を奪い取り、子犬の口を手で塞ぐ。といっても元より子犬は空腹の為、抵抗する力も吠える元気もない。次に他の二人が両側から少年の腕をつかまえる。
「何するの、離してよ、おじさんたち。その子を苛めないで」
 吃驚したような少年の声。
「いいから、言うことを聞きなさい」
 不気味な笑みを浮かべながら少年に近付くや、少年のシャツと半ズボンを脱がそうとする佐端。
「止めてよ、おじさん」
 けれど少年の抵抗も空しく、さっさと下着、靴下までも剥ぎ取り、佐端は少年を全裸にする。
「恥ずかしいよ、ぼく。どうしてこんなことするの」
「うるさい、黙ってろ」
 佐端は憎しみを込め、少年の顔を叩く。
「痛いよ、痛ーい。止めて、おじさん」
 少年の悲痛な声にとうとう堪え切れなくなった雪は、忽然と目を開き立ち上がる、ふらふらと今にも倒れそうな体を必死に支えながら。目の前には何と、哀れにも全裸の少年。その姿を目にするや、かーっと怒りの血が体中を駆け巡る雪。
「何してんの、あんたら。こんな子供に」
 よろよろと少年に近付き、雪は少年の裸体を包むように少年の肩に抱き付く。
「にいさん、もう大丈夫や。雪がにいさん、守ったる」
 雪の手を無言で握り締める少年。どきどき、どきどきっ、ぎゅっとその手を握り返す雪。
 怒ったのは佐端と仲間たちである。
「邪魔するな、この汚れし女よ」
 佐端を除いた四人の男が雪に襲い掛かる。その恐怖の中でけれど雪は、少年の囁く声を耳にする。
「お姉さん、心配しないで。これはね、定められた計画の一部なんだよ、だから大丈夫」
 へ、どういうこと、な、にいさん。計画、定められた計画、て何。問い掛けるように少年を見詰める雪、けれど少年はただ微笑み返すだけ。
「止めてーーっ。何すんの、この子に触らんといて」
 荒馬の如く暴れる雪を少年から引き離すと、雪に向かって容赦なき鞭の嵐を浴びせる男たち。雪は忽ち血だらけ、傷だらけ。
「にいさん、御免な」
 堪らずばたーっと床に倒れ、それでも止まない鞭の拷問に遂に気を失う雪である。

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