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(小説)おおかみ少女・マザー編(一・四)
(一・四)エデン
そうこうしているうちに一週間が過ぎ、あっという間に一ヶ月が経過した。季節は夏から秋へと移っていった。赤ん坊の目は焦点も定まり、はっきりと物が見えるまでになった。サンシャインの顔も、ムーン、フォエバ、仲間たちの顔も。今や赤ん坊はオオカミ族の中にすっかり溶け込み、みんなのアイドル的存在。いつもにこにこ、疲れた狼たちの心の慰め役となっていた。
赤ん坊の面倒は、変わらずムーンが見ていた。日々お乳を与えていれば当然のことであるが、情が移るのは狼も赤ん坊も変わらない。いつしかムーンは赤ん坊に対し、我が子フォエバと同等か或いはそれ以上の愛情を持つに至った。対して赤ん坊もまた、自らにお乳を授けてくれるムーンに愛情を抱かない筈がなかった。たとえ狼であろうと、ムーンを実の母として慕った。
フォエバと赤ん坊に乳を授けながら、ムーンは赤ん坊への子守唄をテレパシーによって口遊んだ。すると赤ん坊はムーンに向かって、にこにこと笑い返すのであった。丸でその心にテレパシーの歌が伝わり、その意味をちゃんと理解しているかのように。
「わたしのベイビー
その肌はすべすべとした桜色
その微笑みは、わたしの楽園
永遠へと、わたしを導いてくれるから
そうよ、おまえこそ、わたしのエデン」
エデン……。
サンシャインは啓示の通り、赤子を「エデン」と名付けた。
エデンはフォエバと共に成長した。乳呑み児である間、サンシャインはエデンの世話をムーンに任せた。ムーンは乳を与える以外にも、エデンの身の世話を焼いた。谷川に連れてゆきエデンの身を川の水に浸して洗ってやったり、ベビー服も同様に川の水に浸した後、乾かしたり。それから排泄の世話もした。しかし狼である故、ベビー服を着せたり脱がせたりは一苦労だった。鼻及び囗を使って、もどかしい程手間が掛かったものである。またエデンより成長の速いフォエバもムーンを手伝い、エデンの世話を手助けした。エデンにとって正にムーンは母であり、フォエバは兄であったのである。
ムーンは子守唄に乗せて、フォエバとエデンにオオカミ族の教えを、やさしく歌って聴かせた。無論まだ幼いフォエバとエデンが、それを理解出来る筈はなかった。それでもムーンは繰り返し繰り返し、やさしく歌い掛けてあげるのだった。
「いいかい、子どもたち
自然はやさしく、そして厳しい
なぜ厳しいか、分かるかい
それは厳しさの中から
たくさんのことを学ぶため
いいかい、子どもたち
この世界はね
宇宙の調和によって成り立っている
どんな小さな生き物も
宇宙に於ける大切な役割を担っているの
だからどんな命も
粗末にしてはいけないよ
いいかい、子どもたち
わたしたちは肉体によって存在する以上
どうしても他の生き物の肉を
食わねばならない時もある
そんな時は歯を食い縛り、涙を堪え
心の中で手を合わせ、感謝を忘れては駄目
相手の命の、夢と希望を受け継いで
この宇宙と、宇宙に生きる者たちとが
やがて争い合い、殺し合うことのない
美しい世界へと、進化発展するよう励むこと
いいかい、子どもたち
これが、我らオオカミ族の
使命と願いなの」
食物連鎖。その頂点に立つということは、オオカミ族にとって大いなる苦悩であった。他の生き物を食べて、自らが生きながらえるということ。他の生き物たちの犠牲によって、自分たちの社会、暮らしが成り立っているということ。それは彼らにとって、耐え難き苦痛、悲劇であり、深きいたみとかなしみであった。しかし狼が肉食を断つなど、決して容易な話ではない。なぜなら元来、肉食を本能としているからである。例えばムーンの夫などは無類の肉食通の為肉食過多に陥り、フォエバが生まれる前に早死にしてしまった程である。
しかしながら、中には肉食を断つことを心に誓い、それを修行として励んだ狼もいた。更に本能的な欲望である食欲にすら打ち克たんが為、食事の回数を制限し、一日一食にまで減らす努力もした。それにより遂に悲願叶い、一日一食、並びに肉食を断ち草や木の実だけで生存する狼が現れた。その先駆となったのが誰あろう、実は我らがリーダー、サンシャインなのである。実はこれによって例の瞬間移動が、重い肉体を引き摺る身でありながらも、オオカミ族の中で容易に可能となった。そしてサンシャインに追随し、今では群れの仲間の殆どが瞬間移動を習得するに至った。そんな偉大なるオオカミ族の父、サンシャインなのであった。
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