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(詩)死亡通知

おとうさん
家族に迷惑を掛けまいと
かあさんと離婚して
多額の借金とともに
姿を消したあなたは

行方不明だとか蒸発だとか
失踪者だとか呼ばれたまま
丸で犯罪者のように
陽のあたる場所に出ることは
一度もなかったのですね

昨日、日本の果ての
名も知らない町の役場から
あなたが亡くなったことの
通知が届きました

おとうさん
立つ鳥跡を濁さず、とは
あなたのような人を言うのですね

誰も皆人間であるならば
たった独りで
見も知らない何の宛てなき
この世と呼ばれた世界へ
生まれ来たかと思えば
何の因果か
たった独りで不幸を背負い
あなたはそしてまた
たった独りで、この世を去った

誰しも人間であったならば
誰かと寄り添い
寒い日は肩を寄せ合い温め合い
あったかなご飯を分かち合い
そして幾つもの沈黙を
幾つもの朝と昼と
夜とを共に過ごし、
たかったでしょう

あなたもまた
ひとりの人として
そうであった

そんな願いを
夢にも見たことでしょう
それが叶わぬ
夢と分かっていながら

薄暗い部屋の片隅で
そして夜明け前
あなたは
何を思ったでしょう
底冷えのする
すきま風にすら
話し掛けることもなく

おとうさん
死期を悟ったあなたは
僅かしかない荷物を
さっさと処分し
貸家の大家さんに
挨拶を済ませると
それからふらっと路頭に出て

その朝空き地の隅で
息絶えていたそうですね
丸で一本の草のように
丸で一枚の枯葉のように
丸で、一匹の野良猫のように
丸でそして
夢見る子どもが
笑みを浮かべるように



※参考文献『老後に住める家がない!』太田垣章子著

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