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(小説)宇宙ステーション・救世主編(十一・六)

※ここまでお読み下さり、有難う御座います。汚辱の中に咲く、命の華があります。
(十一・六)弁天川
 それからの雪は人が変わったように、儀式の中で、奴等の前で、ただ黙々と責苦を受け入れる。ただ必死に堪えるその姿は、十字架の上の崇高なるイエスの姿にも似、また悟りを得る前の我武者羅に難行苦行に耐え修行を積む仏陀の姿をも髣髴とさせるのであり、全身血だらけ男たちの体液にまみれながら、それでもなお神々しい雪の姿である。
 生け贄が抵抗しもがき、苦悶し絶叫し逃げ回りのたうちまわってこそ、奴等にとって至上の喜びである。なのに雪があたかも悟りを得たかの如く無抵抗に耐えているのでは、興奮も快感も半減、まったくの興醒めである。そこで連中は何か新たなる刺激はないかと思いを巡らす。かねてより雪がゴロ助に懐いているのを快く思っていなかった霧下が、妙案を思い付く。それは雪とゴロ助とを関係させることである。たとえそれでゴロ助が桜毒で死んだとて、雪の世話係なら幾らでも代わりはいる。勿論公開処刑宜しく、奴等みんなの見ている前で行わせる。であれば自分らは死ぬことなく、絶世美少女雪の痴態をば思う存分拝めるではないか。
 それは素晴らしい、よし善は急げという訳で、早速実行に移す霧下である。部屋の中央にマットを敷き、雪とゴロ助をそこに寝かせる。勿論二人とも全裸、その周りを霧下たちが取り囲む。ビデオカメラを回し、さながらAV撮影の様相。さていよいよ撮影スタート。
 とんだことになっちまったと面食らうゴロ助。雪とて同じである、折角父と慕うゴロ助を相手にまさかこんなことをさせられるとは。自分が殺されるならまだしも、これではゴロ助が桜毒で死んでしまう。
「後生ですから、それだけは勘弁して下さい。旦那方、頼みます」
 手を合わせ、哀願するゴロ助。しかし連中が許す筈もない。
「駄目だ、いいからやるんだよ。良い冥土の土産になるではないか。我等でも手出しの出来ないこの娘と結ばれるのだから、本望であろう」
「羨ましいぞ、この色男」
 冷やかされ、鞭で威嚇され、渋々雪を抱きかかえるゴロ助。
「済まねえな、まったく」
「雪の方こそ堪忍して、パパ」
 男たちに聴かれないように、互いの耳に囁き合うゴロ助と雪。
「あん時おいらが、あの赤ん坊を始末しておけば良かったんだ。そしたらあんた、こんな目に遭わずに済んだのに」
「何言うの」
「許してくれ」
 かぶりを振る雪。
「有難う、パパ。ほんま有難う」
「有難うだって、そんなばかな」
 ゴロ助の目には、涙が溢れている。雪も出来るならゴロ助と共に泣きたいと願う、けれど矢張り雪の目に涙は溢れないのである。
「こら、何をつべこべ話しているのだ」
「おい、さっさとやれ」
霧下の鞭がゴロ助の尻を容赦なく叩く。
「いてえな、まったく。こん畜生」
 霧下たちをじろっと睨んだ後、再び雪を見詰めるゴロ助。
「じゃ、雪ちゃん」
「うん」
 ところがその時雪の中で、お雪さんは沈黙したままである。今迄男と関係を持つ時必ず聴こえたお雪さんの『こいつをころして』が聴こえない。それは、お雪さんがパパを憎んでへんからやろか、それでパパを助けてやろういうサインとちゃうやろか。だとしたら、もしかしてパパは。雪は悟る。パパ、助かるかも知れへん……。な、お雪さん。
「きれいだよ、雪ちゃん。世界一のべっぴんさんや」
「嬉しい、パパ。雪、気持ちええ」
「本当かい、嘘でも嬉しいよ」
「嘘ちゃう、ほんまや。ほんま、気持ちええよ」
「おいらもだよ。もう、いつ死んでもいい」
「雪も、一緒や」
 目を閉じる雪、ゴロ助の目もまた閉じて。雪を抱き締めるゴロ助と、ゴロ助にしがみ付く雪。どきどき、どきどきっ、二人の呼吸が重なり合い、ふたつの鼓動がひとつになる。二人はひとつになる。どきどき、どきどきっ、その時雪の耳に何かが聴こえる、遠く幽かに。それは川のせせらぎ、弁天川の川の流れが雪の全身を包み込む。
「パパ、雪はな今、弁天川や。すべての命を包み込んで流れる、あの川や」
「そうだよ、雪ちゃん」
 雪の耳に、弁天川の流れの音と共に何かが聴こえて来る。何やろ。それはやさしい、確かに聴き覚えのある声。声、それは少年の歌声、子守唄である。
『家の灯り、町の灯り、駅の灯り、ざわめき、犬のなき声、子犬が足に絡み付いてきた、まるで叱られて家出する少年、ひとりぼっち泣きそうな顔こらえて、子犬とふたり……祭りの灯り、いろまちの灯り、ネオンの波に濡れながら、とうとうここまで来てしまった、世界で一番眩しくて、宇宙で一番悲しい場所……誰の夢がかない、だれの夢がついえたか。とうとう宇宙船はいってしまった、お腹を空かした子犬と桜毒の少女を残して、あんまり眩しかったので、宇宙ステーションと間違えたんだな吉原のネオンサイン、どうせなら奇蹟のひとつでも起こしてゆけばいいのに……』
「にいさん、どないしたん、こんな時に」
 心の中で雪は、少年に問い掛ける。
「子犬のにいさんも元気やの」
 するとふたつの小さな光が雪の中に点る。
「そうや。な、にいさん、宇宙船どないしたん。今夜は何処、宇宙船」
 光に向かって問い掛ける。少年の答えが何処からか返って来る、確かに雪の耳に聴こえる。
「今夜はね、火星ステーションだよ」
「ワン」
 子犬の鳴く声も聴こえた気がして、
「にいさん、雪も連れてって」
 雪はそのまま少年の空想へと吸い込まれてゆく。

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