(小説)宇宙ステーション・救世主編(十二・一)
※不快と感じる表現あります、ご注意を。
(十二・一)柿の実
月が替わりお節は、エデンの東の玄関に真紅の薔薇を飾る。雪が一番好きな花であり、待てど暮らせど帰って来ぬ雪が一刻も早く無事な姿を見せるようにとの、お節の切なる祈りからである。しかし幾ら待てども待てどもその気配はなし、謎の手紙の主からその後の続報もなし。然らば仕方なしとお節は重い腰を上げ、遂に110番、ゴロ助の手紙に書かれた忠告を破って警視庁に相談する。
お節はゴロ助の手紙を証拠として差し出し、目を通した警察は、
「成る程これは確かに怪しい、何か事件に巻き込まれた可能性がありますな」
雪の捜索に乗り出すことを約束し、一旦お節を自宅というかエデンの東に帰す。ふう、これで一先ず安心や、後はお巡りさんがはようあの子を見付けてくれはるのを待つだけと、今度は警視庁からの連絡をひたすら待つお節である。
ところがそんなお節の許へやってきたのは、警察の報せではない、何と包丁の魔術師ゴルゴダ三号である。
「はあ、あんた何もんや。誰か助けて、痛いの嫌やあ。雪、御免なあ」
叫ぶ暇さえなく逃げ惑い、玄関の真紅の薔薇を抱き締めながら哀れお節は殺害され、ここに七十幾才の生涯を閉じるのである。これにてソープランド、エデンの東もまたお仕舞い。
しかしなぜこんな事態となってしまったか、話は簡単、相手は世界を裏で支配したる闇の組織である。ならばたとえ警察だろうが国連だろうが、如何なる正義と平和を唱える組織、団体でありとても例外ではなく、確実に彼らの支配下にあるのである。逆にその位出来なきゃ、世界を操るなんぞ無理無理って訳。
ならば極秘裏にお節に手紙を書いたゴロ助の身や如何に、場所は変わってお化け屋敷である。手紙がゴロ助のものであることは容易に想像が付く、なれど霧下たちはしばしゴロ助には手を出さない。なぜなれば先月の下旬、雪と関係を待たせたゴロ助であるからして、大事なモルモット。ゴロ助が桜毒を発症するか否か興味深々で見守っている最中である。もし桜毒発症となれば何れにしろ死ぬのであるから、わざわざ手を下す必要もなし。そのタイムリミットは半月、長くて今月の中旬迄。それまでは今迄通り、雪の世話係をやらせておくことに。
相も変わらず雪は儀式の生け贄として、無慈悲残虐なる責苦の日々。といっても雪が責苦に対しじっと黙って耐えている為、連中としては面白くなく、それに雪をいたぶるにも正直飽きてきたと見え、お化け屋敷に訪れる男たちの人数も回数も段々と減りつつある。儀式が終わると、傷付いた雪をゴロ助が身心共にケアし、食事を与え、汚れた体を拭いて上げる。
ゴロ助が雪と関係を持ったのは、組織の連中に強要された一回切り。後はゴロ助、いつ訪れるか定かでない、けれど確実に襲い来るであろう桜毒の発症を恐れながらも、懸命に雪を支え続ける。そんなゴロ助を男女の関係を持った後も「パパ」と呼び慕う雪。二人の間には実の父娘以上の深い心の絆が出来ており、お化け屋敷の中で二人切りで過ごす時間は、外界のノイズから遮断された限りなくやさしく穏やかな一時である。外の世界と隔てられた雪は、まだお節が死んだことさえ知らないでいる。
時より外で何か物音がして、どんな些細な音でも組織の男たちの気配ではないかと神経質に怯える雪を、ゴロ助がやさしくなだめる。
「ありゃね、柿の木の実が落ちた音だよ」
「柿の木があんの」
「ああ、でも渋くてとても食えたもんじゃねえけどな」
物音といえば他には鳥や虫の鳴く声や風の音ばかり、それ程お化け屋敷の中も周囲も普段はしーんとしているのである。
そんな二人の前を時は流れ去り、遂にタイムリミットが訪れる。ところが月の中旬を迎えたというのに、未だゴロ助はピンピンとしているではないか。性病検査を受けさせても陰性、何ら問題なし。はあ、一体どういうことだと拍子抜けのゴロ助本人は勿論、霧下を始めとする組織の連中も首を傾げるばかり。その中で唯一雪だけが、やっぱし思た通りやと、密かにほくそ笑む。
なぜだと、頭を捻る霧下。まず思い付いたのは、矢張り偶然だったのではないかということ。偶々被害にあった我らが同志たち全員、元々桜毒に感染していたのではあるまいかと。しかしこれは考え辛い。そこで密かに疑ったのが、桜毒のウィルスである。元々雪は桜毒のウィルスを所持していて、自分の店ではそれが使えたが、ここお化け屋敷では不可能、従ってゴロ助は助かったのだと。
早速霧下は他のメンバーには内緒で、雪に対し徹底的に拷問を加え白状させようとする。きさま、一体何処で桜毒のウィルスを入手したのだと。ところが、今は無人となってしまったエデンの東を虱潰しに捜しても桜毒のウィルスは出て来ず、雪も「そんなもん、知らん」の一点張り、満更嘘でもなさそうである。
悩む霧下を尻目に、他のメンバー共は早速儀式に於いて、生け贄である雪との関係を持つに至る。
「同志諸君、ここに目出度く我々は生け贄との交渉を許された。さあ皆で思う存分、この美しき生け贄を、この快楽をば堪能しようではあるまいか。さあ、皆の信仰向上の為」
おーっ、ブラボー、待ってました、拍手喝采、こうして儀式の興奮は最高潮へと達する。どいつもこいつも目の色を変え、鼻息荒く獣と化して、次から次へと雪に襲い掛かる。抑え付けていたフラストレーションの爆発や凄まじく、嵐か狂気の如く雪の肉体にむしゃぶり付き、丸で雪の肉を食らうが如しである。
こうして夜毎、一晩中夜明けまで、幾夜も幾夜も入れ替わり立ち替わり組織の男共が押し寄せ、絶世美少女雪と関係を持つ。饗宴否狂宴は月の末まで延々と続き、その数霧下をも含めて延べ六十六人に達するのである。その渦中、
「お前は娘の母親に手紙を送った危険人物である。従ってこれ以上お前を生かしておく訳にはいかない」
ゴロ助もまたお節と同様、雪の知らぬ間に殺害されてしまう。ゴロ助の死後、雪の世話係として三上組の若い衆が呼ばれるが、それを不審に思った雪は若い衆を問い詰め、ゴロ助が殺されたことを知る。悲嘆に暮れる雪、それでも尚男たちの容赦なき儀式は続くのである。
さてお雪さんの様子はどうか。お雪さんは雪が組織の男と交わる度、雪の中で『こいつをころして』と激しく絶叫する。従って雪は、自分と関係した男たちが桜毒になることを悟る。そしていよいよ最後の男、霧下が雪と関係する番である。霧下としては桜毒のウィルスの件があり気が進まぬが、儀式の司教という立場からしてそうそう逃れられるものでもない。
霧下を前にして、その時お雪さんは雪の中で雪に向かって静かにこう告げる。
『ありがとう、ゆきちゃん。これでなにもかもおわったわ』
終わった、どういうこと、な、お雪さん。霧下に好きなように弄ばれながら、雪はお雪さんに問い掛ける。けれどもうそれ以上お雪さんからの声は聴こえない。雪は目を瞑る。終わり、終わったて、一体何が……。
すると薄暗いお化け屋敷の隅に、すーっとふたつの小さな光が現われ、ふたつの光はじき子犬と少年とに化身する。そこへ雪から離脱した、薄っすらとしたひとつの影が現われる。影はひとりの少女の姿をしており、古い十八年以上も昔の女学生の制服を着ており、更に泣いているのである。少年はそんな少女の涙を拭い、手を差し伸べる。子犬は少女の頬を濡らす涙をぺろぺろぺろっと舐める。少女はくすぐったそうに笑みを浮かべ、笑い終わると、決心したように少年の手をつかまえる。途端に少女も少年も子犬もすーっと何処かへ消えてしまい、これにてお化け屋敷は元の薄暗い闇へと戻る。最期に少女が笑みを浮かべたことが、少女の霊が無事成仏したことを物語っているかのようである。それは、霧下も雪も気付かないほんの一瞬の現象であった。
そうとも知らず雪と関係し欲望を満たした霧下は去り、お化け屋敷には雪ひとりが取り残される。雪はそのまま眠りに落ち、夢の中へととらえられる。今何時なのか、雪には見当も付かない。しかし遠く何処からか一番鳥の鳴く声がして、今が夜明けだと告げている。
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