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(小説)宇宙ステーション・救世主編(四・四)

(四・四)蟹座ステーション
 ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー……第三惑星に於いて第三惑星人の生き死にが絶えず繰り返される如く、宇宙空間に於いても星々の消滅と生誕とが繰り返される。ただ第三惑星人の寿命は余りに短い故、未だに彼らは星々の生死と彼らの生死との間に存在する因果関係を解明出来ずにいる。即ち星々によって彼らの命運が握られ操られ支配されたるを理解出来ずにいるのである。
 また月の引力によりて第三惑星に潮の満ち引きが起こるが如く、宇宙の海の星々の満ち引き、星々の潮騒は第三惑星人の悲しみの引力によって起こされる。従いまして宇宙の彼方より第三惑星の浜辺即ち第三惑星人の心へと打ち寄せたる星々の波音は、彼ら第三惑星人の悲しみが続く限り途絶えることを知らないのである……ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー。

 ピポピポピー、こちらはメシヤ567号。蟹座ステーションに告ぐ、応答願います、ピポピポピー。

 バビブベブー、はいはい、こちらは蟹座ステーション。メシヤ567号に告ぐ、汝如何なる理由に於いて、この蟹座ステーションをば通過せんとするや。至急返答なくば、蟹の鋏にてまっぷたつにちょん切るまで。覚悟致され、バビブベブー。

 ピポピポピー、こちらはメシヤ567号。只今宇宙船の主即ち救世主はちょっくら出張中で御座いましてお許し下され。代わりに返答致します、我らはこれから、彼の太陽系その中の第三惑星に御座いますYoshiwara駅に向かう所。永き宇宙の旅の道すがら、我ら彼の地について現在調査を進めておる最中ですが、どうやらYoshiwaraに於いて、第三惑星人の長き歴史の中でも汚点とも呼ぶべき人身売買なる行為が成されている模様。

 バビブベブー、何ですと、こちらは蟹座ステーション。人身売買即ち売春ちゅうことかいな。そらまたえろう低俗且つ原始的。第三惑星人たあ、えらい未熟な生物ちゅうことでんな。

 ピポピポピー、左様、こちらはメシヤ567号。現在彼の地は冬から春へと移り変わる季節にて、ネオン瞬く街の路地や、雑居ビルの屋根にも時より純白の名残り雪或いは桜の花びらも降りなん。ことに夕暮れの侘しさと来たら、宇宙の中に比類なき程。ましてや夜のネオンに彩られ、罪を重ねる第三惑星人たちの憐れさと来たら、飛んで火に入る夏の虫の如し。然りとて裏通りのゴミ箱を漁りて餌を得、何とか生きながらえる野良猫も数知れず。薄暗き路地の片隅にはネオンライトにて育つ草の花々もありて、金の為とはいえ着飾る娘たちの色鮮やかさ、年増女の厚化粧のピエロの如き可笑しさ哀しさ。更にはネオン消えたる街に昇る朝陽の眩しさ、清らかさ等々、数え上げればそれなりに何とも言えぬ風情、情緒もあるには有りなん。
 そんなYoshiwaraなれども、その汚辱に満ちたる歴史を紐解けば、丸で第三惑星人の罪の歴史の縮図の如きもの。なぜに彼らはYoshiwaraなる都市を造ったか、なぜ売春を始めたか、なぜなら宇宙の他の生物に売春など有り得ない、また彼らとてその生命発生当初は売春を致すなど考えも及ばなかった。よって何らかの理由の有る筈で、いや、そもそも売春とは罪なりか。そこら辺の所も含めて彼らの歴史と共に、よーく勉強し検討致すべき必要ありと痛感しておる次第、そんな今日この頃のわたくし共です、はい。

 バビブベブー、はて、こちらは蟹座ステーション。いやはや随分と長い前置きやったね。で結局何が言いたかと、メシヤ567号ちゃん。

 ピポピポピー、ま要するに、こちらはメシヤ567号。結局の所現地に赴かんと、なーんも分からんちゅうことです。

 バビブベブー、ま難しいことはよう分からんけど、こちらは蟹座ステーション。了解了解、兎にも角にも行ってきなはれ、そのYoshiwaraとやらへ、バビブベブー。

 ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー、海の波音の如きノイズに掻き消され、蟹座ステーションとの交信も途絶える。後は宇宙の沈黙の中へ。宇宙船の旅はまだまだ果てしなく続くのであった、ピポピポピー、ピポピポ……ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー……。

 少年の空想が途絶える。夜の闇の中にたんぽぽの種子が飛んでいる。例えば星のように例えば夏の蛍の如くに、それらが光を放てばどんなにか綺麗であろうと雪は願う。この弁天川のほとりに舞い踊るたんぱぽの種また種、さすれば遠く遥か宇宙の果てまでも飛んでゆけるのではないかとさえ思えてくる。
 いつか少年の唇には歌、それは雪への子守唄である。
『家の灯り、町の灯り、駅の灯り、ざわめき、犬のなき声、子犬が足に絡み付いてきた、まるで叱られて家出する少年、ひとりぼっち泣きそうな顔こらえて、子犬とふたり……もしもあの宇宙船が、きみを助けにくる夢を今夜見たならば、きみはいってしまうかい、この悲しき宇宙ステーションを残して』
「ほな、にいさん、お休みなさい」
 雪はとぼとぼ、といってもハイヒールの音を鳴らしながら、少年の子守唄を背中に宇宙駅へと帰ってゆく。

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