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【新作落語】いにしえ証券

大阪・北浜に店舗を構える、いにしえ証券株式会社。その「営業零課」に新入社員の遠藤が配属されてくる。

遠藤「本日、営業零課に配属となりました、遠藤正明です。よろしくお願いします!」
古野「私が課長の古野だ。いや、話には聞いとったが、大きいなぁ。何センチあるんや?」
遠藤「はい、188センチです!学生時代はラグビーをやっていました」
古野「ええやないか。君みたいな新入社員を営業零課は待っとったんや。ところで君は証券業に必要なものは何やと思う?」
遠藤「はい、お客様とのコミュニケーション能力と、結果を出す営業力だと思います」
古野「そうやな。しかしこの営業零課ではもう一つ大事な力が求められる」
遠藤「それはなんでしょうか?」
古野「想像力や」
遠藤「…想像力ですか」
古野「まあすぐにわかるこっちゃ。ほら、もうお客さんがいらっしゃったで」
遠藤「はい!」

年配の客、堂島が店舗に入ってくる。

堂島「おはようさん。精が出ますなぁ」
古野「これはこれは堂島先生、おはようございます。遠藤、我社の創立に関わった大株主様だよ」
遠藤「そんな偉い人が…!本日、配属になりました遠藤です!よろしくお願いします!」
堂島「ああ~そうか。大きいなぁ。えぇ?わしゃ通天閣が入社したんか思うたで」
古野「先生、今日は、新規のご注文でございますか」
堂島「うん。あのな、中東の方がきな臭うなっとるやろ。せやから久しぶりに売りかましたろ思うてな。ああ、注文はこれや。紙に書いて来たよってな。あんじょう頼んますな」
古野「ありがとうございます。遠藤、さっそく仕事や。注文が入ったで」
遠藤「はい。では注文の発注をオペレーション部に繋ぐんですね」
古野「そうやない。それは営業一課、二課の話や。我々営業零課はな、注文を受けたら…走るんや!ついて来い、遠藤!」

突然、表へ飛び出す古野。後を追う遠藤。

遠藤「は、走るって一体どこへですか?」
古野「取引所やがな!大昔の株屋の小僧はな、注文を受け取ったらこうやって店から取引所まで走りに走ったんや!電話の代わりや!」
遠藤「そ、それはともかく、なんで我々が走るんですか?」
古野「だからそれが営業零課なんや!走れ!遠藤!」
遠藤「は、はい!」
古野「(息を切らせて)着いたで…。ここが取引所や」
遠藤「(同じく息を切らせて)でも課長、もう取引所での直接取引はやっていないのでは…。なにより大阪証券取引所は先物取引専門に…」
古野「そんなもん関係あらへん。ほな、立合所へ行くで。気合入れろや」
遠藤「立合所?そんなものが今でもあるんですか?」
古野「あるで。ついて来い。…ここが立合所や。(ドアを開ける)まあ、うちの会社が借りとる一室やけどな」
遠藤「えらい殺風景な部屋ですが…」
古野「何を言うとるんや。想像力が必要やと言うたやろ。ええか、今この場はバブル最盛期の立合所や。見てみい、同じ証券会社の人間がひしめき合って、喧々囂々、身振り手振りでガンガン注文を出しとるがな。我々は証券業の花形、場立ちになるんや」
遠藤「は…はぁ」
古野「ほな、わしはここのブースにおって、ハンドサインで注文出すからな。お前はあそこにおる仲立会員にそれを伝えるんや」
遠藤「仲立会員って、背広着た、くいだおれ人形が置いてあるだけとちゃいますか…?」
古野「それを仲立会員に見立てるんや!想像力や言うてるやろ!行け、遠藤!他の証券会社の場立ちに負けるな!タックルかます勢いで突撃せい!ほんでわしと注文の交信して発注するんや!お前の目立つ背丈はそのためなんやからな!」
遠藤「は、はい!わけわからん…」
古野「注文は全部5千株成行きで売りやからな!ほな、いくで!(ハンドルを操作する手振り)」
遠藤「なんやあれ?運転?自動車会社か?自動車会社いうても色々あるで…」
古野「(トの文字を描く)」
遠藤「え?ト?トいうたら、あ、トヨタか。トヨタ自動車ですね?」
古野「(OKのサインを送る)」
遠藤「口で言うたらええやないか…。ええと、トヨタ自動車5千株、成行で売り!…え、承りましたって、このくいだおれ人形、オペレーション部と繋がってるんかいな!どんだけ無駄な金をかけとんのや…」
古野「(何かを飲む手振り)」
遠藤「今度はなんや?何を飲んでるんや?」
古野「(美味そうなリアクション)」
遠藤「なんや美味そうやで。美味い…飲む…あ、ビール、ビール会社ですね。ビール会社いうてもサッポロ…キリン…」
古野「(手で山を作って頭を覗かせる)」
遠藤「課長の、禿頭が、昇る…あ、アサヒ、アサビール5千株成行で売り!」
古野「(手でシャッフルを行う)」
遠藤「なんやあれ?わからへん。えぇ?シャッフル?シャッフルって何の会社や?」
古屋「(手を合わせて印を結んだり、手裏剣を投げる手振り)」
遠藤「忍者?シャッフルと忍者?なんやねんそれ。忍者…ニン…。あ、たしか任天堂って元は花札とかトランプ作っとる会社やったよな?に、任天堂ですか?任天堂、5千株成行で売り!」
古屋「(胸に両手を当てて女性っぽい仕草をする)」
遠藤「変態でっか?違う?下着?え?輪っか作っとる。電話?コール?下着?あ、ワコール?ワコールですね?ワコール5千株成行で売り!」
古野「注文全部通ったな?」
遠藤「はい、なんとか」
古野「よっしゃ、ほんならもういっちょ、走って帰るで!そこのエントランスのモニター画面に表示されとる、今の日経平均の値を紙に書き留めておけ。ほんで店に帰って大声で伝えるんや。昔はこうやってリアルタイムの株価を確認をしたんやで」
遠藤「(走りながら)スマホで見たらよろしいがな…」

二人、また全力疾走で店まで帰る。

古野「た、ただいま戻りました」
堂島「おお、ご苦労さま。疲れたやろ」
遠藤「…は、はい」
古野「現在の日経平均は2万2千円です!電機セクターがよう動いてました」
堂島「そうかそうか。ほんだら、(紙に書いて)これも追加で1万株成り売りしてもらおか」
古野「承りました。よし、遠藤、もう一回行くぞ!」
遠藤「課長…僕、営業零課でやっていく自信がありません」
古野「な、何を言い出すんや君は」
遠藤「だってこれ、何の意味があるんですか!個人がインターネットですぐ発注できる時代に、取引所まで走って、場立ちごっこして、帰ってきたらまた走って、わけがわからないですよ。課の人間も課長と僕しかいないし、ここは、閑職が押し込められるリストラ待ちの部署じゃないんですか?」
古野「き、君は何もわかっとらんな、それも堂島先生のいらっしゃる前で…!」
堂島「まあ、まあまあええがな。わしが話すがな。なあ、遠藤君。たしかにな、ここの窓口でやっとることは、アホやで」
遠藤「はあ…」
堂島「せやけどな、今はもう、注文から何から、なんでも機械でっしゃろ。株券かて電子化や。もう印刷された株券なんか見たことないやろ?どんどん時代が遷り変わっていきよる。けどな、昔は全部、人から人の手で証券業が成り立っとった時代があるわけや」
遠藤「それは、わかりますけど…」
堂島「せやからな、そういう時代の空気やら、熱気やら、文化やら、想い出やら、ほっといたら消えてしまうもんを、この部署だけは引き継いでいこうっちゅうことなんや」
遠藤「けど、正直きついです。その意義はわかるんですけど、体も心も、これはでは持ちません。営業零課ではやっていく自信が無いです。普通の業務をさせてください…!」
古野「遠藤、ずっと営業零課におるわけではないんやぞ。ここで昔ながらの証券業を学んだうえで、みんな各部署で活躍していくんや。君は期待されとるんや。頑張ってみんかい」
遠藤「しかし…」
堂島「わしら、もちろんタダでとは言わへんで?最近はあれでっしゃろ、キャッシュレスいうて、現金もどんどん電子化されていっとるやろ」
遠藤「はい…」
堂島「せやけどな、現金には現金のええところがある」

堂島、懐から分厚い封筒を取り出す。

堂島「ほれ、これを、こうしますとな…(封筒を立てる)現金は立ちますんや」
遠藤「た、立ちましたね…」
堂島「立ったら立ったでどっか歩いていってもうたらあかん。ほれ、仕舞っときなはれ」
遠藤「えっ!ええっ!そんな!」
堂島「ほれほれ、歩いて行ってまうで」
遠藤「いや、その、あの…」
古野「(こっそりと)遠藤、いただいておきなさい。営業零課はな、こういう心付けが多いんや」
遠藤「で、でも、こんなに…」
堂島「ええからええから。古いもんを守ろう伝えよう思うたらな、銭を惜しんではいかんのや」
遠藤「あ、あ、ありがとうございます…」
古野「遠藤、そんな札束抱えたままでは仕事ができへんやろ。かまへんから銀行へ行って預けてこい」
遠藤「は、はい」
古野「ほんで、また取引所へ行って、(まつげをなぞって下に指を向ける)1万株成り売り、ええな」
遠藤「(真似て)まつげの、下…。松下、パナソニックですね!わかりました。行ってきます!」
古野「気ぃつけろよ!車に跳ねられたら何にもならんで!」
遠藤「大丈夫です!営業零課、死ぬ気で頑張ります!」

遠藤、外へ駆け出していく。

古野「えらい現金な奴やな…。あんな落ち込んどったのに、急に張り切りよったで。いや、お見苦しい所を、ほんまにすいません」
堂島「いやいや、ええがな。君も最初はあんな感じやったで」
古野「恐れ入ります…。あ、しかしさっきの封筒は、ちょっと金額が大きすぎやしませんかね?なにぶん、彼は新入社員なもので」
堂島 「かまへんかまへん。わしら投資家はな、ゲンを担ぐさかい、あれでええんや」
古野「ゲンを担ぐといいますと?」
堂島「そらあんた、さいぜん売りで大きゅう入りましたやろ?すぐに音を上げてもろうたら困る」


(終)



【青乃屋の一言】

珍しい題材を落語にと思って書いた一本なのですが、いくらなんでもネタがマニアック過ぎたかもしれません。