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【新作落語】剛力

とあるお座敷。客の友蔵が酒を飲み、幇間の弥助が屏風芸を披露している。

弥助「じゃあね、芸者を呼んできますから、若旦那はここでお待ちを…って痛い痛い!引っ張らないでおくんなさいよ!」
友蔵「…(眠そうにしている)」
弥助「ちょっと、ちょっと旦那、旦那ってば」
友蔵「…ん?ああ、あはは」
弥助「あははじゃないですよぉ。あたしが一世一代の屏風芸を披露してるのに、旦那がうつらうつらと船を漕いでるんじゃ情けねえですよ。そんなにつまらなかったですかい?」
友蔵「いやいや、つまらなくはないよ。面白くないだけでね」
弥助「それで慰めてるつもりですかい?あたしゃ傷つきますなぁ」
友蔵「悪い悪い。近頃はね、あたしは何を見ても心が満たされないんだよ。お前さんの芸がまずいわけじゃないのさ」
弥助「満たされない?へえ。一代で呉服屋を築いた大金持ちの旦那がねえ。だったら旦那の心はどうやったら満たされるんですかい?」
友蔵「そうだね、あたしはもう酒も女も贅沢も飽いてしまってやることがない。四十にして仕事も番頭任せで半分隠居だ。だからこれからは稼いだ富を、少しずつ分け与えて人のお役に立つことをしたいね。それが満たされる道なのかもしれないね」
弥助「さすが旦那だ良いことを仰る。じゃ、さっそく与らせていただきたく(手を出す)…」
友蔵「馬鹿だねお前さんも。くれくれって輩にほいと金を渡してたんじゃあ何にもならないよ。それこそ酒や博打や女郎買いに使っちまったらおしまいだ。死に金だ」
弥助「へえ、それじゃ駄目なんですかい」
友蔵「当たり前だよ。ああ、澤田屋の旦那のおかげで人生が開けた、まったくあの時の金のおかげだと、そう言ってくれる人に渡すのが生きた金の使いみちってもんじゃないか」
弥助「ははあ~。旦那、わかりましたよ。旦那はね、粋って言われたいんだ。それもあたしらみたいな太鼓の上手じゃなくて、素人衆から尊敬を込めて言われたいと、こういうことですな」
友蔵「単刀直入だねお前さんは。まあ当たらずしも遠からずだ。どうせ人生いつかは終わる。生きてるうちにたくさんの人に生きたお金をばら撒いて喜ばれたいんだよあたしは」
弥助「ばら撒くってえとあれですかい。屋根に登ってこう、花咲か爺さんみたいに景気よくばーっと、それ拾え~てな感じで!」
友蔵「わかんない人だね、さっき言ったろう。それじゃあ生きた金になるか死んだ金になるかわかんないじゃないか」
弥助「へえ、そうですかい。旦那のこだわりがいまいちよくわからねえですが、そんなもんですかね」
友蔵「でもお前さんちょいと良い事を言ったね。そうだよ、屋根の上からばら撒くような派手なことやらないとそもそも人が集まりゃしないね。うん、いいじゃないか。あたしは決めたよ。千両出そうじゃないか」
弥助「せ、千両!ひゃあ、そりゃ大変だ。本当に千両をばら撒くんですかい?」
友蔵「やろうじゃないか。面白いよ。だからお前さんはね、澤田屋の主が睦月八日の昼八つに、店の屋根から千両をばら撒くって噂を流しておくれ。あくまでこっそりだよ。お上に叱られるからね。上手に、人から人へと伝わるように流しておくれ」
弥助「睦月八日の昼八つですね。あ、あたしも行っていいですかね?」
友蔵「ああいいよ」
弥助「うひゃあ、こりゃあ楽しみだ。でも大勢の人がすし詰めに詰めかけたら、すったもんだの大騒ぎになりゃしませんかね?」
友蔵「そこはあたしに考えがある。千両を生き金にするばら撒き方ってのを見せてあげるよ」

そんなこんなで澤田屋の旦那が千両を撒くという噂は瞬く間に広まりまして、睦月八日は朝から店の前で押すな押すなの人だかり。

「てめえ押すなよ!…って定公じゃねえか。お前も来たのかよ」
「なんだ熊吉か。そりゃあそうだよ千両を屋根からばら撒くなんざ狂気の沙汰だ。家が火事でも駆けつけらぁ。俺はたらいを持ってきたぞ」
「あ、畜生め考えやがったな。俺ぁ着物の袖が破れるほど拾って帰るつもりだぞ」
「なんにしても澤田屋の旦那はえれえことを思いつくお人だ。お、現れなすったぞ。千両箱を背中に担いで梯子を登っておいでだ。いよっ、日本一のお大尽!」
友蔵「あはは。こりゃあすごいね。神田明神のお祭りみたいだ。皆さんようこそお集まりいただきました。澤田屋の友蔵です」
「いよっ、待ってました!」
「早くばら撒いてくれぇ!このたらいの中に!」
弥助「ああ、こりゃすごい人だよ。人、人、人、みんな目が血走ってるよ。旦那、一体全体どうするつもりだい…」
友蔵「ええっと、千両ここにあります。ばら撒きます。けれどもね、本日今ここから盲滅法にばら撒くわけじゃございません」
「なんだって?」
「そりゃどういうことだい!」
友蔵「あたしはね、夢を持つ人を応援したい。そのためにお金をばら撒きたい。だから千両を百等分して十両ずつを百人に配る。十両で何がしたいか、世の中のためにも自分のためにも役に立つ何をしたいか、それを聞かせてもらおうじゃないの。あたしがよし応援したいと思った人に十両ずつ配る。それがあたしのばら撒きだよ」
「…なんでえそりゃあ」
「どうしてそんな七面倒臭いことをやらなきゃいけねえんだ。屋根からばら撒くんじゃなかったのかよ。それに十両を百人だあ?そんなら千両独り占めの富くじの方がよっぽどありがてえや」
「そうだそうだ!ケチくせえぞ!」
「澤田屋の看板が泣くぞ!」
友蔵「いやいや考えてみなさいよ。富くじは札を買わなきゃ当たらない。あたしのばら撒きは夢を語ればそれだけで機会があるんだ。どうだいやってみて損は全く無いだろう」
「あたしは十両欲しいよ!それで病気のお父つぁんの薬を買って、治ったら一緒にお伊勢参りをやるんだ!」
友蔵「いいね、そういうのを聞きたいんだあたしは」
「おめえの親父は二年前にくたばってるだろう!嘘をつくなよ女狐が!」
「なんだって?誰だい根も葉もない事ぬかすのは!出ておいでよ」
「おう!俺は十両元手に商売はじめて、別れた女房とよりを戻したいぞ!」
「てめえみたいな芋ヅラの甲斐性なしにできっこねえよ!その前に借金を返しやがれってんだ!」
「なんだとこの野郎!」
弥助「ああ、もう見てられねえや。旦那が人を集めといてこんな面倒くさいことを言い出すからいけないんだ…」
友蔵「ちょっと、喧嘩はおよしなさい。これは夢を語る楽しいお祭なんだから。まいったねこりゃ。どうしてあたしの気持ちが伝わらないんだか…。そんなんだから金持ちになれやしないんだあんた方は…」
「やいやい澤田屋の旦那、元はと言えばあんたが金をすっきり気持ちよくばら撒かねえからいけないんだ。誰が見たって金をばら撒くっつって千両箱担いで屋根に登りゃあそこから小判が降ってくると思うじゃねえか。ええ?夢なんかどうでもいいだろう。ここで拾った奴には元々の福ってもんが備わってるってことよ。ややこしいことぬかしやがらずに素直にそこから撒いたらどうなんだい!」
「いよっ、そのとおりだ!」
「そうだそうだ!ばら撒け!ばら撒け!」
弥助「ああ、大変なことになっちまったぞ。旦那、どうするんですかい。もう引っ込みはつかないですぜ…」
友蔵「参ったねこりゃ…。わかった、わかりましたよ。金を撒きましょう。ただしこの千両は皆さんの夢を助けるお金だ。一分銀をあるだけ持ってくるから、それを景気づけに撒きましょう。それでいいかい?」
「なんだよ、しけた話になってきたな」
「まあそれでも四の五の言って撒かないよりはマシじゃあないか。足代に拾って帰ろうぜ」
友蔵「(梯子を降りて小僧に)ああ、一分銀をあるだけね、袋へ詰めて持ってきなさい。…そうそう。まあこれだけありゃあいいだろう。それじゃあね、撒きますからね。(梯子を登りながら)…まったく、これじゃあ生きた金になりゃしないよ。あたしは世の中のため人のためを思ってやってるのにね…って、あれっ、あれれっ、なんだい!誰だい!梯子を下で動かしてるのは!」
「おい、なんだありゃ。女が梯子を持ち上げたぞ。えれえ力だ!」
「おいおい旦那が落っちまうぞ!なんだあの女は。一体誰なんだい」
「…ありゃあ、杜若だ!柳橋の芸者の杜若だよ!ほら、澤田屋の旦那と夫婦になるんじゃないかって噂になってた杜若だ!」
「杜若だぁ?はだけた腕なんざまるで仁王だぜ。あんな馬鹿力があるとは驚いた」
友蔵「あ、危ない!落ちる!落ちる!やめないか!誰だこんなことをするのは…あっ!おめえは…」
杜若「そうだよ。あたしだよ。夫婦になろうって言っといて、あんたに捨てられた杜若だよ。あいもかわらず目立ちたがりのおたんこなすだねあんたは。梯子に登っていい気になったのが運の尽きだよ。このまま品川まで運んでいって、海に捨ててやろうか」
友蔵「わ、わかった。夫婦になるから止めてくれ!なんてえ馬鹿力だ!助けてくれ!」
杜若「ふん、今さら夫婦だなんてこっちから願い下げだよ。あたしはね、あんたに仕返ししたい一心で、篠塚のお稲荷さんにお百度参りをしたんだよ。そうしたら百日目にね、不思議な剛力を授かったんだ。ほうら、こうしてやるよ(梯子を揺らす)」
友蔵「ぎゃあ!落ちる!落ちる落ちる!」
「おい、旦那のぶら下げた袋から一分銀が落ちてくるぜ」
「おう、もっと振れもっと振れ!ようし、そら拾えや拾え!」
友蔵「畜生、誰かこいつを止めてくれ!」
弥助「ああ、ますますとんでもないことになっちまった。旦那を助けたいが、杜若の剣幕の恐ろしいこと。こりゃあ近づけねえ、踏み潰される」
杜若「わかったかい、誰もあんたなんか見ちゃあいないんだよ。世間様が見てるのは、あんたの金だけそういうことさ。何が世のため人のためだよ、女一人にけじめも取れないくせに。そうら、頭を冷やしな!」
友蔵「わ、わあーーーっ!」

どぼん。

「ああっ、旦那が梯子ごと堀に落ちたぞ」
「なに、浅いから心配はねえや」
「やれやれ、こりゃ千両ばら撒くどころじゃねえな」
「そもそも十両の金くらいじゃ真面目に働いたほうがましってもんだ」
「帰って風呂でも行くとしようか」
友蔵「さ…寒い…冷たい…」
杜若「どうだい思い知ったかい。あたしはもうあんたの世話になんかならなくてもね、芸事で身を立てて、千両でも万両でも買えない日の本で一番の芸者って呼ばれてやる。そんときゃヘソでも噛んで悔しがるんだね。あばよ!」
友蔵「ああ…みんな行っちまう。寒い寒い。おおい、誰か助けてくれ…」
弥助「旦那、旦那、弥助です。今助けますからね」
友蔵「おお、弥助かありがたい。まったくひどい目に遭った」
弥助「梯子を手繰り寄せますからね。しっかり掴んでくださいよ。あ、一分銀の入った袋もまだ掴んでおられますか?泥の中に沈んじまったら勿体ないですからね」
友蔵「ああ、金はしっかり掴んじゃいるが、あたしはどうも、人の心が掴めない」

(終)


【青乃家の一言】

「テーマは自分の書きたいものを書け!」と三遊亭圓丈師匠の本に載っていたので、本当に自分の書きたいものを書いた噺です。モデルになってる人の話題が旬なうちにどなたか…かけていただけないかなと思っています(笑)