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【新作落語】はらだ屋騒動

夫婦二人で切り盛りする、古くて流行らない「民宿・はらだ」。主人の定一が何やら思いついた様子で妻の朝子に話しかけます。

定一「おい、ちょっとな、おもろいアイデアがあんねんけどな」
朝子「なんやの。いま煮物炊いとるからほっといてんか」
定一「いや煮物こそほっといても炊けるやないか。俺をほっとくなや」
朝子「あんたがなんか思いついた言うたらロクなことあらへん。前もなんや、タピオカ食べ放題の宿いうて宣伝したら客が来るいうて嫌々準備してやったらどうなった?」
定一「ああ、あれなあ…」
朝子「誰も来えへん。在庫の山や。あんたの失敗で三ヶ月も朝昼晩、タピオカ延々と食べさせられた身になってみ?体がゴムになった気がしたわ。かなんでほんま」
定一「まあ元からゴムっぽい体型…いやいや今度は大丈夫や。経費もそんなにかからへん」
朝子「ほんまか?じゃあ百円以内やで」
定一「そんなんお前、満月ポンも買えへんやないか…。まあ聞けや。最近な、文豪缶詰プランいうもんがどっかの旅館で流行っとんねん」
朝子「ほんで失敗したらまた在庫の山か!朝昼晩、毎日毎日缶詰か!うちらは猫か!?」
定一「違うがな。文豪缶詰プランいうのはな、お客さんに、『先生、進捗はどうですか』『先生、勝手に出かけられちゃ困ります、原稿書いて下さい』とか宿のもんが声をかけんねん」
朝子「それの何がおもろいの」
定一「だからそうやって文豪の先生気分を味わってもらうちゅうことや。これが人気なんやて。予約でいっぱいらしいで」
朝子「しょうもな。それはあれやろ、いかにも小説家の先生が泊まりそうなええ感じの旅館の話やろ。うちみたいな小汚い古臭い怪しい辛気臭い何が出てくるかわけのわからんような民宿にそないな客が来るかいな」
定一「自分とこのことをようそんだけ罵倒できるもんやな…」
朝子「もう潰したらええねんこんな宿。壊して更地にして駐車場にしたらええねん」
定一「そんなこと言うなやわしは何だかんだでこの仕事が好きなんや。それでな、勿論文豪プランをそのままパクるわけではないで。お前の言う、この古臭い、小汚い、ええと、わやくそな宿を活かしたプランを作るんや」
朝子「なんやのんそれ」
定一「『幕末志士プラン』やがな」
朝子「はぁ?爆発死にプラン?」
定一「幕末志士!わしもお前も歴史が好きやろ。それで考えたんや。維新回天の志を秘めた若者が潜伏するお宿。その気分を味わってもらう。古くて汚いほど感じが出るやないか。あなたも坂本龍馬になれる!ってキャッチコピーでどうやろ。いけると思うで」
朝子「アホらし。着物やなんや要るんやろ。どんだけ金かかると思うてんねん」
定一「そんなもんはネットで安い古着探したらええし、なんなら死んだ親父の持っとった作務衣でも引っ張り出したらええがな。小道具も百均で買うたらええ。二階の部屋の一部を床の間みたいにして、掛け軸を一本垂らしたらもう雰囲気は出るで。幕末や」
朝子「掛け軸や買う金がどこにあんの」
定一「…それは、わしが、描くがな」
朝子「アホらし。タコかタコ焼きかもわからんような絵しか描けへんくせに。金がかからんのなら好きにしたらええわ。あたしは知らん。勝手にしてんか」
定一「…つれない奴やなあ。まあええわ。許可は出たんや。やるで、幕末志士プラン。まずは二階のこの部屋を江戸時代っぽくせんとあかんな。これをこうして…。結構大変なもんやな…。まあ、こんなもんでええやろ。後は掛け軸を自作せんとな。…我ながらヘッタクソやなあ。まあ、無いよりマシやろ。床の間を作るのはさすがに無理やな。もう、画鋲で止めたれ…」

そんなこんなでプランを開始した民宿はらだ、意外なことにすぐに申込みが一件ありまして、今日はお客が来る当日。

山本「ごめんください。はらだ屋さん、ごめんください」
定一「ああ、はいはい。本日ご一泊の山本様でっか?さあ、どうぞどうぞ中へ」
山本「いかにも山本でございますが、そう気安く入らせていただくわけには参りません」
定一「…え?なんでですの?」
山本「私、齢二十の時に司馬遼太郎先生の『竜馬がゆく』を読んで以来、五十有余年。坂本龍馬先生を人生の師と仰ぎ、深く深く敬愛して参りました」
定一「は…はあ。それはそれは」
山本「龍馬を真似て会社を起こして成功もしましたが、何か人生物足りない。やり残したことがある気がする。そこで見つけた貴宿の広告『幕末志士プラン』『龍馬になれる』これぞまさしく私が長年求めていたもの!」
定一「ええっ」
山本「私、一歩敷居を跨いだからには、坂本龍馬として振る舞わせていただきます!何卒、よろしゅうお願い致します!」
定一「ちょ、ちょっと、そんなにどえらい期待をされては困るんですわ!」
山本「たしかに期待は手前の勝手。代わりにこのようなものを用意致しました」
定一「そ…それは!」
山本「現金にて百万円あります」
定一「百!百万円!」
山本「めでたく龍馬の気分に成れた暁には、宿代とは別に、この百万円を貴宿に寄付させていただきたい。ただし…」
定一「た、ただし…?」
山本「がっかりするようなことがあれば、百万円から随時、減額させていただきます」
定一「減額!」
山本「では、入らせていだきます。はあ、やっと着いちゅうがぜよ」
定一「こ、これはこれは坂本様、ようこそいらっしゃいました。えへへへ」
山本「龍馬は普段、才谷梅太郎という変名を名乗っておりますので、そちらでお願いします。はい、マイナス五万円(メモる)」
定一「…しまったあ~。いや、才谷様、道中ご無事でございましたか、さあさあ中へ。二階を上がってこちらのお部屋でございます。どうぞごゆるりと…」
定一「(階段を降りて)おい、大変や、すごい龍馬マニアの爺さんが来てもうたがな。満足したら百万円、せえへんかったらどんどん減額やて。しもうたなあ、こんなことならもっと真面目に準備しとくんやったわ…」
朝子「そんなもん冗談に決まっとるやろあほくさい。誰がこんな宿に百万払うねん」
定一「いやほんまやって。わし、見たもん百万円。あの目は本気や、どないしようかな…」
山本「おーい、湯を持ってきてくれんかえ」
定一「あ、はーいはいただいま。(階段を上がって)ゆっくりお茶でも…あ、格好が、まさに」
山本「持参した着物に着替えさせていただきました。この歳でお恥ずかしい限りですがご容赦下さい。龍馬になるのは夢でしたので」
定一「わしら普通の格好で…すんません」
山本「それはお仕事があるので結構。ただ…この部屋…申し訳ないが風情がありませんな」
定一「古いだけが取り柄なんやけど…」
山本「まずテレビはいらないですね。幕末にテレビ、ありますか?」
定一「それはそうなんやけど、テレビが手放せない人はよういてるもんで…。これ、珍しいでっしゃろ?百円入れたら映るテレビ。古いでっせ。まだ現役でっせ」
山本「それは昭和を感じるという意味では趣を感じますが、文久や慶応は一切感じぬものでございますので。下げていただきたい」
定一「さいでっか…」
山本「そしてこの、巨大なプリンから湯気が立ってるような落書きは一体なんですか?」
定一「あ、それは、富士山の絵です。私が描きました。掛け軸っぽくなるかなと思って…」
山本「隅に『大観』という落款が入ってます」
定一「気分だけ…」
山本「横山大観は明治元年生まれなので、ちょうど龍馬が死んだ途端にオギャーと生まれておりますな」
定一「これも下げさせていただきます…」
山本「そうですね、総合的に見て、マイナス二十万円というところでしょう」
定一「うわ、きっつう!」
山本「あ、そうそう。ちらと見ましたが、調理場におられたのは奥様ですかな?」
定一「ああ、はい。うちの女房ですわ」
山本「奥様、たいへん頼もしそうな方で」
定一「どちらかというと恐ろしいんやけども」
山本「寺田屋お登勢に似ていらっしゃるなと思いましたよ。これはプラス二万円」
定一「えっ。増えることもあんの?」
山本「あります。私がいかに幕末志士の気分を楽しめるかですので」
定一「ははあ、ではごゆるりとおくつろぎを」
山本「うん、恩に着るぜよ!」
定一「(階段を降りながら)待てよ、寺田屋…寺田…そうや!これや!何で気付かんかったんやろ。(携帯を取り出し)もしもし、ルミちゃん?今日はお店休みやろ?ちょうど良かった!あんな、バイトしてほしいねん。時給五万円でどや。詳しいことは来てから話すから」
朝子「なに電話しとんの。誰?」
定一「うわ!何でもない。ちょっとな、エキストラを呼ぼ思うて。お前はお前の仕事をしててくれればいいから、なっ」
朝子「なんか怪しいわあ…」

そんなこんなでその日の夕食後。

定一「龍…いや、才谷さん、お邪魔しますよ」
山本「お、作務衣に…何やら棒を持った…おんしは誰じゃったかいの?」
定一「嫌ですな、三吉ですよ。三吉慎蔵です」
山本「なるほど、そういう趣向ですか。これは三吉君、久しいのう!」
定一「才谷さん、薩長同盟の締結、まことにおめでとうございます」
山本「ああ、それは皆のおかげやき」
定一「ところで、幕府の連中があなたを探しとるいう専らの噂で。才谷さんの身は、この槍の名人・三吉慎蔵が命に替えて守りますさかい」
山本「頼りにしちゅうぜよ。ところで…三吉慎蔵は長州藩士なので、長州弁でお願いできますか?」
定一「えっ…う、うん。なにコラ!タコこら!」
山本「それは…長州力のモノマネですね。もう、普通で結構です」
定一「おおきに。それでは才谷さん、外の様子を見てきますんで…(階段を降りて)よし、これで前フリはOKやぞ。後は…そろそろ到着してるかの。お、いてるわルミちゃん。こっちや、こっち」
ルミ「なんやのん、わざわざ裏口へ来さして」
定一「すまんな、あんたな、この長襦袢…に見えんこともないバスタオルを裸に巻いてやな、二階のお客の部屋へ駆け上がって『龍馬さん、逃げて!』って叫んでくれたらええねん。そしたら、それだけで、五万円。な!」
ルミ「なんでそんなことせなあかんの?」
定一「頼む、こんなこと馴染みのバーのママのあんたにしか頼めん。もうなんやかんや、いちいち細かいことで六十四万円も引かれとるんや。一発逆転の寺田屋プランや。あんたは叫んだらもう帰ってええ。後は捕り方に扮したわしがええように雰囲気出して格闘するから」
ルミ「ようわからんけど、それで五万くれるんならええよ。これを巻くんやな」
定一「わ!いや、ここで脱いだらあかんがな!」
ルミ「だって面倒くさいやんかあ」
朝子「あんた風呂の準備はよしてんか…って何をやっとんじゃあ!」
定一「わっ!違う!これはやな、お龍さんになって貰おう思うてエキストラを…」
朝子「ようもようも家の裏手で女とちちくり合うてんなこのガキ!待てや!」
定一「ひいっ、殺される、殺される、(二階へ駆け上がって裏声で)龍馬さん、逃げてーー!」
山本「むっ、これは何事!?(蝋燭を吹き消す仕草で電気を消す)」
朝子「おらあ観念せえ!こんボケがあ!」
定一「ぎゃあああ!」
山本「三吉君、裏口から逃げるぜよ!」
朝子「三吉って誰や!どけおっさん!」
山本「うわあ!」
定一「やめ、やめ、落ち着け!」
朝子「逃げんなこの野郎!待ちやがれ!」
定一「よせ!やめろ!あああ、うわああ」

階段を派手に転げ落ちる定一。

山本「三吉くーーん」
朝子「だから三吉って誰やあ!」

気が付くと定一は布団で寝ている。傍で朝子がニコニコしながら座っている。

定一「…龍馬さん、逃げてくれ…龍馬さん…わあ!びっくりした!ち、違うんや、誤解なんやて!」
朝子「わかっとるがな。お客さんと、バーの女のなに?ルミちゃんに聞いたがな。一晩寝込むくらいに暴れ回ってすんまへんでした」
定一「ああ、わかってくれたんか。昨晩はお前の恐ろしさと、百万円欲しさで、わけのわからんようになってしもうたわ。イテテ、まだ体中痛むわ。…なんやニヤニヤして気持ちが悪いな。そういやあのお客、どうなった?」
朝子「ちゃんとこれ置いて帰りましたがな」
定一「あっ!ひゃっ、百万円!?丸々置いて帰りよったんかあの人!?」
朝子「なんや、ほんまの幕末に近いものが体験できた言うてたで。実際の寺田屋もあんなわけのわからんパニックみたいなもんやったに違いないって。えらい感動しとったわ。あんた、やるやないの。あんな奇特なお客をつかまえて」
定一「いや、もう懲り懲りや。あんな特殊なお客もそんなにいてるわけないし、幕末プランはもう止めや」
朝子「そんなことないがな。まだまだ喜ぶマニアはようけおるに違いないで。ほら、あんたがもんどりうって階段転げ落ちたの、えらい見事やったやないの」
定一「なにが言いたいんや」
朝子「寺田屋やのうて、次からは池田屋をやりましょ」

(終)

【青乃屋の一言】
以前から何か歴史ネタを絡めたものを書きたいと思っていて、やってみたらこういう形になりました。これも「愛の檻」と同じく後半の展開が強引だったかもしれません。しかし挑戦してみないと何も進まないので、これも経験です。