美しい散歩

心の働きの馬鹿さ加減に精通しなければならない、と言い聞かせつつ、私は兄カノさんと人生で最も印象的でじんわりと暖かくて、情景が美しくて、後から何度も思い出すような散歩を続ける。二人ともほとんど黙ったままで、それがなおさら美しい。

舞城王太郎「春嵐」(短篇七芒星より)

自宅療養77日目。4:15起床。寝苦しい夜は続き、悪夢も連発する。思い出したくもない前職の社長が登場したりして、ダルマ落としみたいにスコーン!と頭を吹っ飛ばしたくなる。足の具合はさらに良くなった気がする。膝の痛みが和らいで、足首も柔らかく稼働している。手術で縫い合わせた部分の皮膚が薄いので、少し掻くと赤く腫れてしまう。患部を露出して皮膚を強くしていかなければならないが、それはもう少し先にする。

『ブラックジャック』第一話を観る。SNSで話題になっていた作品。もちろん原作は読んでいる。特にドクターキリコの配役と造形がありえないと賛否両論(ほとんどが否)があって、画像を見る限り、こりゃひでぇwと思った。石橋静香に罪は無い。衣装とカツラがいかにもとってつけたようで、彼女の演技力なんて必要ないからねと言ってるかのよう。

内容は思ってたよりも面白かった。どんな演出がされたのかわからないが、役者さんのテンションが「シリアスすぎ」「大げさすぎ」「コミカルすぎ」とバラバラで、何かふわふわしてんなーと思ったが、高橋一生のブラックジャックがハマりすぎのおかげで、その存在感が全体のトーンをまとめ上げていた。作品として成り立つレベルになっている。底上げブーツでもいいから、あと5cm背を高くしたら説得力が増した気もする。原作がどうだったか忘れてしまったが。松本まりかは良かったな。次回を楽しみに待つことにする。

引き続き、自分の中にある欲望が発火せず窄んでいく日が続く。元気に、はつらつに、この降ってわいた休日を満喫せよ!という司令に全員が反対している。時々、このユニクロのルーブルT可愛いな、でもオッさんの自分がこんな青々しい清冽なブルーが似合うかなと反対の声が上がり、欲望は消えてしまう。

自由な時間を手に入れて真っ先に思うのがモノが欲しいというのは、何ていうか、人としての想像力が足りない。お金が無いというのもあるが、もう少しまともな欲望を喚起できないのか自分にガッカリする。ガッカリするのは期待しているからだ。人生を諦めたくないという思いがまだある。

植物がすくすく育つ。蔦が伸び、新しい芽も出て、鉢の中に新しい街を作っていく。濃いのも薄いのも、大きいのも小さいのも、丸いのも尖っているのも、いずれの葉にも美しさが宿り、ただの生命がこんなに美しいのは喋らないからかな?と思ったりする。喋ったら個性が出てしまう。比較できると好き嫌いも発生するだろう。どんどん成長して自分を覆い尽くしてほしい。今はそれだけを祈る。

外の世界、話題のトピックに反応できない日。食べて、寝て、起きるという生命維持、雑味の無いそれだけを行なっている。早く飽きて、我慢できず外に飛び出していく日が来るといい。美しい散歩の方法は知っているつもりだ。




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