無気力に負ける

文章から声がなくなったわけではない。作者は大声で語るのではなく、読む者の頭の中でそっと囁きはじめ、その結果、両者の仲はずっと親密なものになった。

池澤夏樹「いつだって読むのは目の前の一冊なのだ」




自宅療養65日目。6:30起床。「まだまだ頑張って人生を少しでも豊かにしていく」と「もう終わり、絶望感がへばりついて離れない」の狭間に拘束されて無気力が続いてる。何をどうすればいいかわからず、一日中横になっている。

小さなノルマを課して、一日を少しでも前に進めて行きたいが、頭ではわかっていても体が動かない。弱音ばかりが頭をかすめる。聞きたくない声がきこえてくる。

とにかく動かなければと部屋の模様替えをする。大した変更ではないが、やり出せば様々な声が内側から出てくる。少し移動しては修正し、それを繰り返す。少ない選択肢の中、とりあえず落ち着いた。ベッドの位置が変わると視点が新鮮になっていい。

散らばっていた植物をある程度集めて、窓際とその反対側にまとめてみたらグリーン感が増した。レイアウトと呼べるほど立派なものではないが、形になって嬉しい。

壁一面にフェイクの植物をピンで留めているのだが、蔦の這いかたを修正するために椅子に乗って作業していたら見事にバランスを崩した。怪我している左足から落ち、激痛でもんどり打った。あーっ!チクショー!と大声が出て自分で驚く。

手術した部分の痛みは無いが、指の付け根と足裏全体に痛みが残る。歩くたびに痛みが増していく。自分の感覚では大事ではないと思うが、実際はどうなのだろう。次回の診察が怖い。もし留めているプレートがずれていたり、巻いてあるワイヤーが切れたなどの実害があったら再度手術になるのだろうか。本当に最悪だ。

模様替えで少し気分は上がったが、まだまだ低調な日が続く。明日はどうなるのだろう。

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