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ヌン茶なおいしい話。

 ヌン茶をネタに、日常徒然。



 例の感染症が世界の様相をガラリと変えてしまって、早一年半。
 新規感染者が減ったかと思えば増え、増えては効果があるのかもわからなくなりつつある非常事態宣言が出されと繰り返し、そんな日常にも慣れきってしまった。
 そんな、ある日のこと。

「桜子さん、これ見て」
 スイーツボックスの注文が落ち着いた午後、厨房で休憩のお茶を飲んでいるときに、ほづみくんがスマホを突き出した。
 大画面に映っているものに視線を凝らし、首をかしげる。
 青と白の背景に、三段プレート。
 今ではすっかり珍しくなくなったアフタヌーンティらしい。
 よくわからないのは、プレートの横に魚やアザラシっぽいもののぬいぐるみが置かれていること。
「何、これ」
「隣町のホテルが近くの水族館とコラボして、アフタヌーンティやるんだって」
「水族館とコラボ?」
 魚肉のヌン茶? …生臭そう。
 眉を寄せたら、ほづみくんがチベスナみたいな顔で待ったをかけた。
「なんか妙な方向にいってるだろ。魚食うメニューじゃないから」
「違うの?」
「魚見るとことコラボなのに、魚食ってどうすんのさ」
「確かに」
 水槽じゃなくて生簀になるな。
 納得する私にため息をついて、ほづみくんが画面を拡大した。
 なんかもちっとした感じのアザラシが、ガン垂れている。ぶさいく。
「アザラシの形とか、ジンベイザメモチーフとかでスイーツ作ってるんだって」
「へー」
「明日から予約開始らしいから、行ってみる?」
「え…でも、感染再拡大してるよ?」
 この数日、首都圏を中心に桁外れに新規感染者が増加していて、連日ニュースを賑わせている。
 私たちは御厨の職域接種のおかげで、二回目のワクチンを接種済みだけど、今流行している変異株は油断できないらしい。
 そんなときにホテルのカフェなんて…と思ったが、ほづみくんは画面をスワイプして、「これ」とまた突き出した。
 なぜか、巨大なベッドが鎮座するホテル室内らしい写真。
「スイートでの宿泊とセットになってるやつがあるんだ。泊まる部屋までサービスしてくれるらしいから、車で行けば大丈夫じゃない?」
「おいくらまんえんするんですか」
「この一年以上、ろくに遠出してないから、レジャー遊興費余りまくってるじゃん」
 まあね、近場の温泉でも行こうかと相談するたびに、感染者が増えては取り止めの繰り返しだったから。
「酒類提供禁止とか営業時間短縮とかばっかで、外で豪華に食事することも殆どなかったし、僕、ここらで一発贅沢しとかないと心が死ぬ」
「む」
「ここのスイートなら、風呂も豪華だし、最上階だから景色もいいし、積読本とか観てないBDとか持ち込んで、部屋から出ずに優雅にダラダラしようよー」
「む…」
「それに、宿泊ありのコースなら、ジンベイザメのぬいぐるみついてくるんだって。でっかいの」
「……行こうか」
「やった!」
 豪華なホテルステイでダラダラ、というだけでもだいぶ押されていたのに、ジンベイザメがついてくるとなるとダメだ、負けた。
 結婚してから、めっきり欲望に忠実になってるなー、堪え性がなくなってるわーと反省しつつも、実はかなり楽しみで頬が緩む。
 その横で、ほづみくんはどこへやら電話をかけていた。
「あ、すみません、ほづみです。ええ、昨日の話、お願いできますか。…はい、その日程で」
 数回のやり取りで通話を切り、満足げに息をつく。
「誰に電話してたの?」
「森上さん。このホテル、御厨とつき合い長いとこでさ。コラボリリース見て、連絡取ってたんだ」
「…予約してーって?」
「うん。別に頼らなくてもいいんだけど、ホテル利用したのに森上さんを通さなかったって後でバレたら、めんどいから」
「…なるほど」
 あのひと、御厨一族全般に過保護で大甘だもんな…。おかげさまでいい思いさせていただいておりますが。
「行くの平日だし、のんびり二泊して、ひとが少なそうなら、近くにある有名中華でも食べに行こ」
「二泊? 近場で?」
「いいじゃん。一泊だと、なんか忙しなくってさ」
 どうも、言葉以上にフラストレーションが溜まっていたらしい。
 ま、いっか。
 フラフラ遊び回るわけじゃないし。
 それに、かなり暑くなってるから、野外でグダグダするように身体に良さそうだ。
「ホテルステイかー。何着て行こっかな」
「いっぱいおしゃれして、おしゃれ。外出機会減ってるから、いつもと雰囲気違う桜子さん、なかなか見られない」
「えー。なら、ほづみくんもだよ。会場のホテル、五つ星だし、周りのお客が幽霊見たような顔するくらい、粧し込んでね」
「…それ、怪異では?」
「御厨一族の容姿は、ある意味怪奇現象」
「ひどい」
 言いながら、ブラウンケーキの最後の一切れを私の皿に放り込んだ。
 ブラウンシュガーとスパイス製の砂糖衣が美味しいけど、カロリーはうちのメニューの中でもトップクラスというカロリーメイト的存在だ。
「桜子さんは当日までにしっかり肉つけて。最近、おっぱいとのコントラストが心配になるくらい、ウェスト減ってるんだし」
「夏だから仕方ないんだってー。これでも、例年よりだいぶマシだよ」
「わかってるけど、僕が食べると確実に肉になるから、とりあえず食べて」
「ひどい」
 ふわふわのケーキと砂糖衣を一緒に頬張ると、サクサクした歯触りが心地良い。シナモンとナツメグが香るところに、あっさりめセイロンミルクティを啜ると、それだけで幸せ。
 正直なとこ、外で下手なスイーツ食べるより、ほづみくんお手製のほうが美味しかったりするんだけどなーと思いつつ、嬉しそうに私を眺めている旦那さんと視線を合わせて、笑った。



「桜子さんたち、あのアフタヌーンティ、行ったんだ。よく予約取れましたね」
 コーヒーカップ片手に、美樹子さんが目を丸くした。
 今日は、ひとりでご来店。
 ときどき、小松崎さんのご実家からのお礼品を届けに来てくれるんだけど、なんとなく、仕事や家事育児に疲れている彼女がひとりで過ごすための時間を確保する建前じゃないかな、と思っていたりする。実際、こういうときに、樹くんと雨芽ちゃんが一緒だったことはないし、美樹子さんも大抵は持ってきた本を読んで寛ぐ。
 今日は、発泡スチロールの箱に、氷と一緒に詰まったいっぱいの鱚。
 今朝とれたばかりだそうで、鮮度の良さにほづみくんが大喜びして、今厨房で処理している。
「うちも、樹がどうしてもって言うから、宿泊付きのやつをとろうとしたけど、全然とれなくて」
「そうだったんですか? うち、ほづみくんの実家とご縁のあるところだったんでとれたのかな」
「あ、あそこって御厨さんのとことおつき合いあるんだ」
「たぶん……私、その辺、さっぱりわかってないんですけど」
「私も似たようなもんですよー」
 あっさり笑って、ガスパチョの冷製パスタを頬張る。
 真っ赤なトマトのスープは、小松崎産トマトがしこたま入っている自慢の一品です。
「あのアフターヌンティ、水族館テーマで可愛かったでしょ。樹が、可愛いの食べたいってごねちゃって。結局、別のホテルのやつに行ったんですけど、可愛いの種類が違ってたから、納得できなかったみたい」
 美樹子さんが見せてくれたスマホ画面には、正方形のトレイに綺麗に並んだ一口大のスイーツたち。
 パステルカラーのマカロンやクッキー、練り切りや串に刺さった団子で、和テイストのものらしい。別の写真には手毬寿司と三色素麺も写っていて、これはこれで美味しそうだ。
「可愛い〜。これ、全部食べられるんですよね?」
「食べられる食べられる。見た目、おもちゃみたいだけど、どれも美味しかったですよ。これとか、練り切りっぽいけど、実はチョコレートで」
 水色の丸い饅頭みたいなものに、ピンクのチョコレートで可愛らしい桜が描かれている。
「えー、すっごい。これも楽しそうですね」
「私は大人気なく楽しみました。ドリンクも美味しかったし。でも、樹はお魚いない〜って」
「あー」
 そうだろうなあ。樹くんくらいの年齢なら、やっぱり見た目は重要だろう。
 私たちが行ったところも、見た目がかなり凝っていたし、味もなかなかのものだった。
「確かに、ぶっさいくなアザラシの再現度とか、凄かったですし、魚もペンギンもいましたね」
「あのアザラシ、実際に見たことあるんで、余計に食べたかったみたい」
「なるほど」
「あれって、何でできてたんです? ケーキ?」
「いえ、アザラシは大福でした。中身がケーキとブルーベリーソースの」
 他にも、ハリセンボンを模したココナッツケーキや、ジンベイザメ模様のレアチーズケーキ、クマノミのマカロンに、南極大陸に見立てた杏仁豆腐の上にペンギンのクッキーと、見ているだけで楽しかった。
「プチシューの上に水色混じりのクリーム絞って、砂糖菓子のイワシを飾ってるのとか、おもしろかったですし、水族館の建物や遊覧船の形のサンドイッチとかタルトとか、美味しかったです」
「そっちもやっぱり楽しそうですねー。来年もやるかなあ。樹が結構根に持っちゃって」
「あら、珍しい。樹くん、聞き分け良さそうなのに」
 小学校に上がる前とは思えないくらい、言動がしっかりしたお子様だ。
 でも、美樹子さんは苦笑いのような照れ隠しのような、複雑な笑みを浮かべて首を振る。
「拘るものには、相当頑固なんですよ。まあ、子どもらしいワガママ言われると、安心しますけど」
「ときどき、大人より大人ですもんね…」
 常連の豆腐屋のほうが、よっぽど精神年齢下かもしれない。
「本当に…両親ともに、自分の子とは思えないって首捻ってます。私も圭吾も、後先考えない直情型だから」
 これについては、何とも言えないので笑って流しておく。
 結局、アフタヌーンティの話や鱚の入手先の話、最近読んだ本の話なんかをのんびりして、美樹子さんは帰っていった。


 その日の夜。
「唐突な差し入れで、急遽メニュー変更! すんごい新鮮な鱚だったから、まずは刺身にして、シンプルに塩焼き。明日は、いつもの揚げながらスタイルで天ぷらにしようと思います」
「最高! いただきまーす」
 赤い柘榴と青い鳥の絵柄の大皿に、半透明の綺麗な身がズラリと並び、墨色の粉引皿にふっくら焼けた鱚がドーンと載っている。ほづみくんにしては珍しく、薬味の類がないけど、味が淡白なのでそのまま楽しもうと言うことらしい。
 よく見ると、刺身は三種類あるっぽい。
 箸を伸ばしかけたところで、ほづみくんが「あ」と声を上げた。
「刺身ね、右端のやつから試して」
「はーい」
 作ってくれたひとの言うことは素直に聞くほうです。
 一切れ掬って、ちょびっとだけ醤油をつけて、口に入れる。
 プリッとモチッが混ざったような食感の身を噛み切ると、独特の匂いと一緒にとろけるような甘味が広がる。
「んまーい! 甘い!」
「ん、新鮮なやつじゃないと味わえないよね」
「鱚のお刺身って初めてだよ」
「あー、確かにそんな日常的に食べるもんじゃないかもね。なら、余計に食べ比べ楽しんで」
「食べ比べ?」
「刺身の右から、皮を引いたやつ、真ん中が湯引き、左端が炙りになってるんだ」
「へー!」
 湯引きをポン酢で食べると、少し強めの弾力と一緒に上品な旨味が味わえる。炙りは、皮の香りが立って、ほんの少しだけおろし生姜を載せてもいい。
 身がほくほくの塩焼きは、大きいものを選んで焼いたと言うだけあって、二尾も食べれば満足できる。でも、これ、塩きつめのやつで日本酒飲みたくなるなー。
 そう言うと、ほづみくんは深く頷いた。
「めちゃくちゃわかる。今日、ご飯仕掛けてなかったら、迷わず家飲みだった」
「だよねー」
「明日は天ぷらだし、きゅっといこう」
「やたっ」
 副菜のなすと薄揚げの煮物は、出汁が上品に効いていて、鱚の邪魔をしないし、きゅうりの梅肉和えはいい箸休めだ。
 お家ごはんが幸せ…毎食、確実に幸せ……。
 米自体がいいやつで、ツヤツヤ美味しいから、余計に美味しい。余計じゃないけど。
「そういや、アフタヌーンティがどうとか話してた?」
 米の上に炙りを載せて、一緒にかき混みながら、ほづみくんが首をかしげた。
 なんのことだと思ったけど、すぐに思い当たる。脳内、鱚一色だった。
「ああ、なんかね、私たちが行ったやつ、樹くんが行きたがってたらしくって」
「へえ?」
「あれ、人気だったんだね。全然予約取れなかったって言ってた」
「今、流行ってるしね、アフタヌーンティ。僕たちが行ったときも、カフェのほう、結構なひとだったし」
「そういやそうだったね…」
 薄揚げを箸で摘んだまま、視線が遠くなる。
 アフタヌーンティ会場のホテルで、視線を集めまくっておったのです、このダンナ。
 麻の白スーツなんて、ヤクザかホストかみたいなもんをサラッと着こなし、下に着た紺のシャツのボタンをラフに開けてたせいで、男の首筋に色気なんてあったんかと目から鱗状態で、とりあえず脚が死ぬほど長かった。既製品が着られないから、当然オーダーメイド。つまり、本人はデブ防止のためにと日々せっせと絞ってる身体の線が、まー見事でした。
 今でも、はっきり思い出せる。なんせ、写真撮りまくったし。
 私たちはチェックインして、部屋で楽しむ予定だったけど、特別ディスプレイがティルームの前と入口内側にあるからと、案内してもらったのだ。
 そこで、巨大なアザラシやジンベイザメ、ペンギンや魚のぬいぐるみたちが演出する海の景色をぶっちぎりでただの背景にしたのが、うちの旦那さんです。
 絶対、あの場にいたお客、ぬいぐるみ撮るフリして別のもん撮ってたよなー。
 本人、ぬいぐるみの前に私を立たせて、スマホで連写しまくってたけど、顔、死んでたと思います。
 ともかく、アフタヌーンティはとても楽しかった。
 広いスイートルームは、水族館をモチーフにしたデコレーションがされていたし、周りを気にせず、ゆっくり料理とお茶を楽しめたし、やっぱりストレスが溜まっていたから、純粋に非日常に身を浸すのが心地良かった。
「あのクラゲのゼリー、綺麗だったよね」
「ああ、紫のグラデに、白いクラゲが浮かんでたやつね。アイディアだなーって思った」
 とろとろの紫色のゼリーを細長いグラスに詰め、そこに半月型の硬いゼリーを浮かべたものをクラゲに見立てていたのだ。日に透かすと、色合いがくっきりして綺麗だった。
「美樹子さんたちも別のとこの行ったそうだけど、系統が全然違ってて、樹くんは不満だったみたい。確かに、あんな可愛くて楽しいの期待してたら、綺麗め可愛いのだとちょっと違うーって思っちゃうのかもね」
「そうかも」
 頷いて、骨格標本並みに綺麗にした鱚の皿を前に、何やら考え込む。
「ほづみくん?」
「んー……」
 あ、これ、レシピ思いついたときの反応だ。
 私がそばにいるときに、ほづみくんの意識がそぞろになることは滅多にない。
 数少ないうちのひとつが、料理関係。
 こうなると、彼の中で一区切りつくまでは、戻ってこない。
 よし、ごはん食べよう。
 あ、炙り鱚でお茶漬けしたらどうだろう。梅肉和えと絶対に合うと思う。
 よし、やるか。
 どうせなら、出汁茶漬けにする…?

 ほづみくんが我に返ったのは、数十分後。
「え、あれ……なんか鱚、めちゃくちゃ少な……なんで、こんないい出汁の匂いしてんの!?」
「炙り鱚出汁茶漬け、最高でした」
「どう言うことー!?」

 満腹です。ごち。




 ほづみくんが小松崎さんに連絡したのは、鱚三昧から二週間後のことだった。

「お待たせしました。アザラシのヨーグルトムースとペンギンアイスです」
「わー!」
「すっごおい!」
 カウンターに並んで座った樹くんと雨芽ちゃんが、顔を真っ赤にして歓声を上げた。
 青い海の上に頭を出している白いアザラシと、アイスクリーム用の小さいコンポートの上でちょこんと澄ましているペンギン。
 ほづみくんが考えたアザラシとペンギンのスイーツだ。
「本当にすっごい…。これ、どうやって作ったんですか?」
 樹くんの隣から、美樹子さんがマジマジと皿を覗き込む。
 雨芽ちゃんの横では、小松崎さんが無言で写真を撮りまくっているが、完成品を見たときは私も同じことをしたので、見てないフリだ。
 ほづみくんは、アイスティを淹れながら、「そんな難しくないんです」と笑う。
「アザラシは、半球のシリコン型で固めて、顔を濃縮ブルーベリーソースといちごパウダーで描いて、ペンギンはパカッと割れる型でダークチョコアイスとバニラアイスをうまく模様が出るように固めて、チョコとビスケットで目と嘴を作ってます。あとは、ブルーハワイで色付けしたゼリーを皿に流して固めた上に、飾るだけ」
「…だけ」
 言いたいことはわかる。
 素人が聞いても、手間がかかりすぎている。
 スプーンを握りしめて凝視していた樹くんが、ハッとしてほづみくんを見上げた。
「たべていーの?」
「どうぞ。食べないと、ペンギン溶けるよ」
「いただきますっ」
「たーきましゅ」
 揃ってスプーンを構えて、ペンギンを攻略にかかる。
 思い切りがいいのは、意外に子どものほうなのかもしれない。
 私、なかなか手ぇつけられなかったもん。
「おいしーっ、ちょこだ!」
「ちめたー、あんまー」
 最高の笑顔でスプーンを咥えるお子様たちに、珍しくほづみくんも嬉しそうだ。
 まあ、珍しいっちゃ、このケーキ自体が珍しいんだけど。
 いちごパウダーでほっぺがほんのりピンクのアザラシを眺め、小松崎さんが息をつく。
「これ、わざわざ作っていただいたんですよね?」
「この間、私が余計なこと言ったから…」
 美樹子さんがすまなさそうに眉を下げるが、勘違いだ。
「や、違うんです。その前から、ほづみくん、考えてたらしくて」
「そうなんです。…アフタヌーンティで食べた大福が、僕的にちょっと納得いかなくて」
 私は美味しかったんだけども、ほづみくんは「異議あり!」だったと知ったのは、試作品第一号が出てきたときだった。

『女性と子どもがターゲットだから、甘味強めってのはわからなくもないんだけどさー、もうちょい甘味と酸味の調整して、さっぱり口当たりよくできなかったのかと思ってて』

 求肥を使っているのも、「大福」としてはよろしくなかったらしい。
 …というわけで、どこへ向けたものかよくわからないリベンジを兼ねた新作なのだ。
 そういった背景を簡単に説明すると、小松崎さんたちは納得したような、いまいちよくわからないような顔で曖昧に頷く。
 まあ、気持ちはわからないでもない。
 ほづみくんの行動原理、「僕が一番美味しいものを桜子さんに食べさせられるのに」だって知らないと、理解できないだろう。
 大人ふたりには、ヨーグルトムースのブルーベリーソース添えを出して、お茶を濁す。
「おお、さっぱりしてるけど、不思議と濃厚。美味しい」
「ムースのほうが酸味強いのかな。ソースかかってないところを食べると、凝縮感すごい」
 お子様たちのほうは甘味を強めにして、中にブルーベリーソースを入れてるんだけど、大人はこっちで正解みたい。
 ほづみくんと目を合わせて、こっそり笑う。

『まあ…そういう義理はないかもだけど、予約取れなかった時点で話聞いてたら、譲ってあげてたかもなーって思ってさ』

 罪滅ぼし、というわけではないみたいだけど、小さい子が体験できなかったことを大人の自分がしてた、それもコネを使って、というのが、良心が咎めたらしい。
 お人好しっていうか、なんだかんだ優しいっていうか。
 うん。やっぱり、私の旦那さん、素敵なひと。
「さくらちゃんのおにーちゃん、ありがとー。おいしー!」
「あいあとねー」
「お兄ちゃんじゃなくて、旦那さんだよ」
 いつもと変わらないやりとりに笑いを噛み殺しながら、お代わり用のコーヒーを淹れる準備を始めたのだった。


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