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日常雑感 「季刊 中年生活」

先日唐突にサントリーオールドのCMを思い出した。

「恋は遠い日の花火ではない」
田中裕子と長塚京三、2バージョンで何種類もある例のCM。
音楽は、あの有名なダンダンドゥーディダンのアレである。
後に歌詞がついていた気がする。あまりに有名すぎるその作曲家の名前は完全にど忘れしてしまった。
近頃覚えていることと覚えていないことのムラがひどい。
記憶力が低下しているくせに、やたらと昔のものを懐かしむことが増え、いよいよ脳が衰えていると危機感を感じる。

そしてちゃんと衰えたところを狙われる。
世の中は弱肉強食なのだ。
何が言いたいのかというと、どの時代にも存在する[中年の懐かしさを刺激して儲ける商売」の対象に私もすっかり入っているのである。
ビートルズファンが長年してやられているのを遠巻きに見ていたが、まさか我が身に訪れるとは…。
近頃のものはそれに子供向けを絡めているので敵ながら見事である。

そんな風に警戒しながらも、懐かしさを止められず時には小金を払ってしまうのは、昭和の親父のくしゃみの声が異常にでかすぎたのと似ている気がする。
機能が衰えて気持ちだけでは体の制御がきかなくなっているのだ。


サントリーオールドのCMの中の田中裕子が本当に可愛らしい。

私が青年でも弁当屋の彼女を好きになってしまうだろうし、バスを降りれなくて困っていたら間髪入れず「通してやれよ!」と言いたい。
昔は、ジュリーの妻がなぜ女優の中でも地味な感じのする田中裕子なのかと不思議でたまらなかったけど中年になって初めてその魅力が分かった。儚さと母性の両方を持つ稀有な魅力だなぁと思う。

ところであのCMは終わりがけに、子供のようにピョンと飛ぶのがお約束である。

渋みのある大人の男性がふとした時に見せるお茶目な少年ぽさ、落ち着いた女性でありながら無邪気にはしゃぐ可憐さ。

少年性と父性、少女性と母性、男性も女性もこの二面を持ったいたら、どれだけ歳をとっても向かうところ敵なしではないだろうか。

私が今ピョンと飛んだら多分足を捻挫するだろう。
そんな中年はひっそりと過去を懐かしみ、そこそこ金払いよく、人様に迷惑かけぬようにしているのが良い。
恋は遠い日の花火であったのかどうかももう覚えていないなどと強がることで、心の保険をかける制御だけはまだ衰えていない。
年々この手口が老獪になるので、なんとかしたいけど未だ方法がよく分からない。

(終わり)

引用
サントリーオールドCM、90年代
「夜が来る」小林亜星(←思い出せないので調べました)


















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