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迷いのないひとのかっこよさ

あのころの、ママとおんなじ歳になった。

20代の一時期、私は北新地のラウンジでホステスのアルバイトをしていた。その店のオーナーママだ。37歳だった。

「いい子が入ったね」

店長に紹介され、緊張しながら頭を下げる私を見て、ママはそう言いながら切れ長の瞳を柔らかく弓型にした。

隙なく結い上げられた日本髪に、繊細な紋様が施された高級そうな着物、美しく伸びた背筋から指先に至るまでの、優雅でしなやかな身のこなし。

その妖艶さにハッと息を呑み、思わず見入った。均整の取れた美しい横顔は、精巧なガラス細工のようだった。

昼職との掛け持ちバイトの下っ端ホステスである私なんかが、とても気軽に話しかけられる雰囲気ではなく、ママと個人的に話した記憶はほとんどない。

けれど一緒にお客さんと同伴をしたり、接客中に同じテーブルに着くことはよくあって、話の端々から、ママが19歳からこの仕事をしていることや、自分の店を持つ前は北新地の有名店のナンバーワンだったこと、紆余曲折の末にシングルマザーであるらしいことを知った。

当時中学生の子を育てていたらしい彼女から、けれど生活感はいっさい感じられず、私にとってどこかフィクションめいた人物だった。

「私はここ(北新地)に骨をうずめる覚悟なんで」

お客さんに時々そう話すママはとてもかっこよかった。その迷いのなさが眩しかった。私もまっすぐに打ち込めるなにかを見つけて、かっこいい大人になりたいと思った。

いまだに迷ってばかりの私は、あのころ憧れた大人にはまだ遠い。それでも、少しでも憧れの背中に追いつきたくて、今日も何かを書き続けている。

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