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小山さんノート/ホームレス生活を送る女性が生きるために綴ったことば

ときに読むのが苦しくなって、少しずつ、数ヶ月をかけて読み終えた。「小山さんノート」は、都内のテント村でホームレス生活を送っていたひとりの女性が、長年にわたって書き綴ったものだ。彼女が亡くなったあとに有志の人々によって文字起こしされ、書籍化された。

日雇いの仕事や拾ったものを売って得たわずかなお金で、彼女は足繁く喫茶店に通いノートを開く。明日を生きる不安に苛まれ、パートナーや周囲からの暴力、支配にさらされ、綱渡りのようなギリギリの生活を送る中で、彼女は決して書くことを、自分自身を手放さない。

自然の移ろいを仰ぎ、音楽に身を揺らし、ささやかな食事を味わい、空想の世界で遊び、ノートと向き合う悦びに身を浸す。

苛酷な毎日と、その合間に差し込む美しい瞬間が目前に鮮やかに立ち上がる。そこには彼女が彼女として生きた軌跡がくっきり刻まれている。

萎縮した精神の解放、汗がふき出すほどの身のぬくもり、寒さ忘れる一瞬、天上にたどりつきそうな興奮と情熱は光そのものに近よっていた。表現することもできない不可思議な意識包まれ、夜明けになってしまう。久しぶりで明るい時間、ぐっすりと眠る。

小山さんノート/P.234

ノート終盤、極限の貧困と孤独のなかで精神世界に居場所を求め、そこから現実を生きる活力を得ようとする描写が印象に残った。

淡々と冷静で、けれどどこかユーモラスな視点で世界を見つめ続けた彼女の文章が今、わたしの手元に届けられた奇跡を思うと気が遠くなる。小山さんにとって書くことは生きるために絶対的に必要なことで、その切実さが胸に迫る。

生きていくことの不条理を、だれの毎日も自分の毎日と地続きにあるのだという事実を、書くことへの根源的な欲求についてを考えさせられる一冊です。

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