Novelber2020/13:樹洞
『ヤドリギ』は夜寝る間に夢を見ることがある。
それは、青い花をつける巨大な樹の夢だ。
寝ている間の『ヤドリギ』はどこともわからない場所からその樹を見つめていて、その花の青さを目に焼き付けていて、けれど、本来自分にはそれを見る目などないのだとぼんやりと思うのであった。
だから、もしかするとこれは、『ヤドリギ』自身が巨大な樹になった夢、と言い換えてもよいのかもしれなかった。
目を覚ましたとき、『ヤドリギ』は自分の左手がまだ人の形をしていることを確かめる。――それと同時に、右の腕に当たる部分が無数の蔦になっていることも確かめる。自分が何者であるのかを確かめるのは、『ヤドリギ』にとっての大事な手続きであったから。
そして、自分が人でも大樹でもないということを確かめて、今日一日の仕事――これは『ヤドリギ』自身が勝手に決めたものでしかないのだが――をはじめるのであった。
ただ、そう、どこかでは感じているのだ。今はまだ右の腕の代わりをしている、体の半分を補っている「それ」を通して。
自分はいつか、完全に人の形を失う日が来るのだろう、と。
もちろん、それは今すぐという話ではなく。言ってしまえば、『ヤドリギ』が人の形であろうとすることを辞めたとき、の話だ。今の『ヤドリギ』からすれば、本当に遠い、あまりにも遠い話。
ただ、人の形を諦めるわけではなく、ただ、ただ、ありのままを受け入れるような気持ちで、その変化を受け止める日がいつか来るのではないか。そう思う気持ちが無いといったら嘘になる。
その時には、そう、夢に見るような大樹になれればよい。そう思う。
霧溜まりの中に枝葉を伸ばし、季節が巡れば青い花を咲かせ、その樹の洞にちょっとした秘密を隠すような、そんな大樹に。
「……なんて、な」
口の中で呟く。
どうあれ、はるか遠い話だ。最低でも、かつて交わした誓いを果たすまでは、まだ人の形を辞めるわけにはいかない。
かくして『ヤドリギ』は今日も『獣のはらわた』を行く。
心に一つの誓いと、青い花の夢を宿したまま。
(『獣のはらわた』の奥底で)
あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。