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 空のシガレットケースを恨めしげに見つめて閉じると、男はため息混じりにグラスを持ち上げた。
「よろしければいかが?」
 それに口付ける直前に隣から差し出された装飾の施されたケースに並ぶ煙草を見つめ、にこりとその持ち主に笑いかける。
「いや、結構」
 口寂しさを埋めるのはこれで十分となめらかで熱い琥珀を舌で転がすのを、隣にかけた女がしっとりと見つめる。ケースから一本取り出したそれを咥え、男に火をねだった。
「随分とストイックね」
 差し出されたライターで炙った煙草を軽く吸い煙を吐き出す女に、男はもう視線もよこさない。巻紙についた口紅を、ほんの一瞬つまらなさそうに目で追っただけ。
「知らない匂いをさせていると嫌がるかわいい子猫を飼っていてね」
「ま、それはすてき。是非見てみたいわ。私、猫好きなの」
 腿に絡んだ細い女の指にも一切の興味を示さずグラスから香りを楽しむ男は、ふとなにかに気付いたように女のがわに視線を投げる。
「見せるだけならね」
「なによ、いけず」
「それほどでも」
 やっと顔がこちらに、と思ったのもつかの間、男は女の手を振り落とすように体ごと向き直った。溶けるような柔和な視線は女を飛び越え、その向こうに注がれる。
「ごめん、待たせた」
「いいや、そうでもない」
 いくらか慌てた様子で現れた青年に、女が舌打ちを送る。聞こえているのかいないのか、状況を理解しないままに青年は女の横を通り過ぎて男の側に寄った。なんの疑問もなく男の隣りに座った青年の腰を抱くように、男はスツールの低い背もたれに腕を回す。
「嫌な男」
「見せただろう」
「最低」
「それほどでも」
 灰皿に押し付けられた煙草がひしゃげ、同じように女の口元が歪む。叩きつけるように会計を済ませ、女はヒールのかかとを鳴らしてさっさと店を出ていった。
「……邪魔した?」
「全然」
 グラスを空にした男が、にこりと青年に笑いかけた。

2022.02.25 初稿
2024.02.08 加筆修正