Homme fatale

「僕はいつまでおまえを守れるかな」
 夕食を終え、それからずっとべったりとシャルマンのそばを離れない司祭が、寝支度を終えシャルマンのベッドの中で丸まりながらつぶやいた。頭まで被った布団でその表情は隠されてしまっているものの、台詞の不穏さとは裏腹な穏やかな声が感情を隠すためのものだろうとすぐに思い至らせる。
「……、“ムカつくこと”の正体はそれかい?」
「……おまえは強いから」
 ベッドのあるじであるシャルマンが中を覗こうにも、シーツとともに巻き込まれた布団は簡単には剥がせない。諦めたシャルマンがぎしりとスプリングの音を響かせ空いた場所に座り込む。
なんていらないとわかってはいるんだが」
「何を言われたか知らないが、君や私の強さと、君がもたらしてくれる日々の心地よさは別だろう」
「そうだろうか。おまえは一人でも楽しく過ごしていけそうだ」
「私に意地悪を言う気かい?」
 ふてくされた色がにじみ始めた司祭の声に、シャルマンが布の塊に体重を乗せて寄りかかり覆い被さる。うめき声とともに逃げ場を探すように布団が浮き上がった。
「重いよ」
「さっき私に同じようにしていたのはどこの誰だったろうか」
 シャルマンはそのまま隙間に手を差し込むと、司祭の頭の場所を探り当てわしわしと髪を掻き混ぜる。小さく抗議の声を上げる司祭に構わず、自分が潜り込むようにして掛け布団を剥ぎ取った。
「約束だ、キスしてくれ」
「……シャルマン」
「なんだい」
 司祭の沈んだ表情からは色が抜け、瞳の中にだけ自棄と渇望を宿しシャルマンを見つめる。月と枕元の灯りだけの部屋で、黒々と開いた瞳孔が赤く光る瞳を捉えていた。
「僕がおまえを殺したら、おまえは怒るかい」
 穏やかな声と視線に込められた感情を、シャルマンは余すことなく掬い上げて飲み込んでいく。持ち上がった口の端は愉悦を隠そうともしない。
「そうしたら、私を失った君は、きっと死ぬのだろう」
 細められた目から光がこぼれるように赤い瞳が覗く。
「君がそれをもたらし、君と死ねるのなら、それは本望だよ」司祭と同じく穏やかな男のささやき声に、歓喜の吐息が混ざった。「いつか私を殺してくれ」
 くしゃりと顔を歪めた司祭は、抱擁をねだる子供のようにシャルマンの首に腕を伸ばす。シャルマンはためらいがちな司祭の腕を撫で、導き、のしかかるように巻き付く腕に顔を埋めその体を抱きとめた。軽く頬をすり合わせ、互いの拍動が混ざり合うのをしばし味わう。
「シャルマン、どうか」頬に寄せられた司祭の唇が震え、音もなく離れた。「どうかおまえをここに縛り付ける僕を、許さないで」
 再度合わされた視線は至近距離で交わり、互いの色を反射し際立たせる。
「もちろんだよ。私の美しい天使」
 やけに早鐘を打っていた司祭の鼓動は次第に凪いで、男のそれと溶けるように同調していく。

2022.06.16 オムファタール