in the Bed.

  Side-A

 緩やかに浮上した意識がすんと嗅ぎ慣れた甘い匂いを拾う。かすかに開いた視線の先は薄暗い室内で、おぼろげながらも徐々に目覚めていく体の感覚をたぐると、背中の温かさと腰を抱く腕の重みが心地良い。
(……、ねてる)
 緩慢な動きで体をずらし後ろを振り返ると、思っていたよりも近くにあった、たまにしか見られない寝顔に羞恥と安堵の入り混じった感情が湧く。腰元の腕が落ちないようゆっくりとそちらに向き直ると、まだ霞のかかった思考でその匂いを楽しむ甘い深呼吸を一つ。
 はっきりしない意識の中で、規則的に上下する胸元に身じろぎながら収まる。
(こんなこと、彼が寝ている時じゃないと)
 緩んだ襟元から覗く素肌にぺたりと頬をつけ、その内側に確かに感じる熱と表面のすべやかな冷たさを味わう。すり、と肌と肌の間の髪をのけるために何度か顔を擦り付け、また重たくのしかかる眠りの誘いに身を任せようと体勢を整えた。
(きもちい……)
 頬を押し付けた緩やかに上下する胸とかすかに聞こえる鼓動に安堵し、すべての緊張を手放すと間を置かず意識も溶けるように途切れた。

  Side-C

 腕の中の熱が身じろぎ、手放していた意識をたぐり寄せた。まだ日が昇る頃には随分と早いと、その熱を抱いた腕をどかすことはない。心地良いまどろみを楽しみながら唇に触れる目の前の柔らかな髪の感触を堪能する。どうやら抜け出す気はないようで、背中を向けていた彼は自らを拘束する腕を落とさぬよう緩やかな動きでこちらに向き直る。深く柔らかな呼吸を一つ。鼻先に当たる髪と首にかかった呼気が体のすべての感覚を取り戻させた。
 完全に目覚めきってはいないであろう体温と呼吸を邪魔せぬようそのままじっとしていると、枕を降りた形の良い頭がずりずりと胸元に寄っていく。ボタンをかけていないシャツの隙間に埋もれるように、ひたり、と少し汗ばんだ頬が押し付けられた。
(寝ぼけているな。かわいいことをする)
 自身の髪が邪魔なのか何度かすりすりと頭を振る。顎や首、胸をくすぐる髪がもどかしい。すぐに満足気に落ち着いた動きと呼吸に、こちらも共鳴するように安堵する。少しの間を置いてすぐに腕の中で脱力したそれは、穏やかで静かな寝息を立て始めた。 
(本当に子猫のようだ)
 眠りを妨げないようその体を抱き直し、胸に収まる頭をあやすように撫で眠りの再来を待った。

2021.10.14 初稿
2024.02.09 加筆修正