la fièvre

 熱に浮かされて呼んだ相手は、幼いときから祖母だった。両親だった頃もあるだろうが、もう記憶にない。いつから誰にもすがらずにこの悪夢を乗り越えるようになっただろうか。天も地も歪む感覚と宙に浮いているかのように力が入らないのに重たい体を持て余し、夢か現実か定まらない思考をなんとかたぐり寄せ取り戻すのを、現実側から手を差し伸べ引っ張り上げてくれる存在。例えば今ならば。
(シャルマン……)
「なんだい。モンプティシャトン」
 ノイズの多い思考を優しく薙ぐように、低く甘い声が響く。揺らぐ肉体をつなぎとめる冷たいなにかが頬に触れた。
「眠れない?」
「……シャルマン?」
「そう、君が呼んだだろう」
 まぶたをこじ開けた先の視界は随分と霞んでいるが、かすれた声を聞き取るためか近付いてきた顔は間違いなく求めていたその人で。夢かもしれない、とほてる頭で考えながら、頬に触れる冷たいそれにすり寄る。くすぐったそうに笑ったシャルマンは、すり寄られたその手で緩やかに顔を撫で、かかる髪をよけた。
「夢じゃないよ。私はここにいる」
 穏やかな声に安堵し、知らず乱れていた呼吸がいくらか落ち着いてくる。ほとんど力の入らない手で自らに触れる男の手を取り、握った。ひやりとした肌に熱を奪われていく心地良さにうっとりと目を閉じると、今度は不快ではない暗闇が訪れる。
「うん」
「だから、安心して眠りなさい」
 ゆるく握り返された手の指の甲を親指で撫でられる感触が安眠を呼んだ。
「君がそれを望むなら、私はいつまでもそばに」
 途切れる意識の最後に額に押し付けられた柔らかな感触と言葉は、果たして夢か、現実か。確かめるすべはない。

タイトル日本語訳:発熱

2022.02.23 初稿
2024.04.01 加筆修正