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【字慰】『双頭と蛹』より

 中央線が僕を新宿に運んだ。まったくいつものとおりなのだが「ああ着いちゃった」と思う。これは、朝の「ああ起きちゃった」とも近くて、すごくネガティブシンキングだ。終着駅となる新宿で、西口改札から出るために、その前の総武線、秋葉原でも先頭の方に乗る。もちろん先頭車両は女性専用車両なため、先頭の方だって話。だけど、つくばエクスプレスで秋葉原に着いてからJRに乗り換える際、2,3分おきにやってくる電車だっていうのに、発車ベルが鳴ると慌てて近くの車両に乗っちゃうことがあった。だから新宿に着いてからも少し歩いた。最近は、少し慣れたせいだと思う、秋葉原で電車を1本見送り、落ち着いて目当ての車両に乗ることができるようになった。でも、だからなんだって話だ。

 新宿駅西口では、人間が溢れていた。政府がテレワークを推奨しているが、たぶん僕が昔から知っていた光景と同じだった。そう僕は、仕事の都合で3年ほど宮城にいた。宮城にいた時は東京って、感染者多いよなあ、でも母数も多いからな、どうなんだろうな。って、当事者意識なんてまるでなくて、どうせ俺は大丈夫精神のもと、暮らしていた。たしかにマスクはめんどくさかったが、もう、完全に慣れたものだった。そう、ほとんど同じ光景だ。きっと、音もこんな感じだった。そして変わらず嫌な、ごみごみとした街だった。日本のサラリーマンって、というより組織が変わらない限り、いち、サラリーマンが「そうだテレワーク」とはならないだろう。とにかく人間は、昨日と同じように、うじゃうじゃといた。幸い、朝に酔っぱらいはそう見ない。それが救いだ。何度もぶつかりそうになった。どういうわけか、そのたびに嫌な気になった。

 少し歩いたところ、いつも構内の決まったところに、柱を背にして黄色い服に「マスク反対」とプリントしてあり、同じようにそんなメッセージを描いたA3サイズくらいの紙を横にして高くかざし持って、マスクもせずに叫んでいた。表情が死ぬだ、ワクチンの強要だ、自由とは、みたいなことを言っている。いつも思うのだが、面白そうだから立ち止まって聞いてもよかった。が、そんなことはしない。僕は思う。彼は、生きている、と。幸せなのだろう。きっと。そう思った。

 どこからがエルタワーなのか正直把握していないが、その地下を抜けて会社に向かう。

 途中、僕は決まって少し回り道をする癖があった。目的はタバコだ。路上喫煙はダメだって分かっているが、ちょうどいい場所を僕は知っていたので、そこを目指す。そこは歩道橋の下で、何台か分の駐輪場にもなっている。たまにじじいかばばあが徘徊して路上喫煙を注意することがあるが、大抵近寄って来るのは、駐輪チェックのやつらだけだった。ほかに、空き缶集めのおじさんが休憩にやってくるだけだった。なので僕は携帯灰皿を左手に、右手にタバコを持った。正直、そこまでタバコに依存してはいないと思う。だけど、もはやルーチンとなったこのサイクルを崩せなかった。朝、駅でタバコを吸うのもまったく同じことだった。別にうまいとも思っていない節がある。それに僕がタバコを吸うのは平日だけだった。たぶん仕事とセットなのだろう。

 さあ、いよいよだ。ああ会社かあ、と心で言ってから軌道修正、回り道分を戻る。

 少し歩いて、左前方、どこが正面か分からないが、そのフォルムはまるで蛹のような、曲線美に包まれた建物が見える。ビルなのか、タワーなのかというくくりの分けは、わからない。

 まっすぐいって、交差点にぶつかる。左には信号待ちをしていた群れがいて、そっちの信号が青に変わると、そこで右折する僕は、直進する群衆にのまれるように合流する。傍からみれば、いったいどこから湧いてきたんだって思われるだろうか。いや、そんなことない。僕なら思うかもしれないが、きっと彼ら彼女らはそんなこと無関心さ、きっと。

 少し歩いたんだ、さっき遠くに見えていた蛹は、はす向かいのとこに聳えていた。異質だった。

 また少し歩く。行き先はここからあと2,300メートルくらいのとこで、僕はそこまで、せいなく、とぼとぼと歩く。

 音楽は、ザ・ピロウズの『ハイブリッドレインボウ』だった。

 見上げたそれは、双頭の怪獣のようだった。ただし怪獣と言っても、今は死んでいるようだ。もしくはそう見せている。無機質で、プラモデルやレゴのようなものの、とてつもなく大きなものに映った。この双頭も、さっきの蛹と同じように異質だった。ほかに視界に入るものに、〇〇ビル、●●ビル、僕の職場の○●タワーが立ち並んではいた。が双頭と蛹、この二つは別物で、とにかく別の何かに見えた。異彩を放っていた。まるで仮の姿なのでは、とさえ考える。イメージが爆発する。きっと双頭の方はトランスフォームする。対して蛹は、メタモルフォーゼするんだ。そうだ! 双頭の怪獣は機械変身で、蛹は擬態変身、孵化し、羽を広げるんだ! で、どこか僕の知らない空に飛びたつのだろう。きっと。きっとそうだ! そして、双頭のメカドラゴンと戦うんだ。僕は、そんな想像をした。楽しかった。と同時に、どうかしているとも思った。どっちが勝つかな。正直、どっちでもいい。勝敗はどうでもよかった。ただ、どうか僕のことを、僕のことも、そこらへんにうじゃうじゃいる人間たちと同じように、ちゃんと巻き込んでくれればよかった。そうであってくれ。そうであってくれ! と、切に願う。僕は、朝から、いきり立っていた。

 今日も会社だ。昨日も会社に行った。一昨日も会社に行った。明日も会社だ。明後日も会社だ。今日はまだ水曜日。最悪だ。と言っても日曜の夜も同じくらい最悪だし、月曜の夜、残業をして、くたくたになりながらの帰路も、まだ初日、と思う気持ちも、最悪だ。会社なんて、行きたくない。仕事なんか、したくない。

 最近、いったい僕は誰と戦っているのか、分からない。もしくは仕事って、こんなんだっけ、と疑問を覚える。縦割り、押しつけ、逃げ、レク、板挟み、レク。まったくバカげている。ふざけている。

畜生。

 まず、仕事が忙しい。ったく、嫌になる。休みの日も仕事のことが気になる。もう、辞めたい。このレースから、降りたい。僕は、サラリーマンに向いていない。くそ。だいたい組織や、システムに疑問がある。こんなんじゃいつか壊れちまう。それは僕じゃなくても、隣のM君が先かもしれない。ほんと、これじゃあ機械だ。代替可能の、ただの歯車の一つだ。

畜生。畜生……。

「何者かになりたい」
「なんですかそれ、ダサいですね」
「……ダサいか」
「嘘です。ほんとは分かります。私も、日々思いますもん」
 昼休み、いつものとおり、地下にある今時珍しい喫煙可能な店で、タバコを吸って料理を待っていたときの会話だ。
「だいたいアオさん、その何者って、ナニモノですか」
「そうだよな。ほんと、なんだろうな、いったい何になりたいんだろう。笑っちゃうな」
「そうですね。そんなんじゃアオさん、何者にも、ナニモノにもなれませんね」
「うっせ。探すさ。だいたいなんで繰り返すんだよ。で、ユウは」
「秘密です。ってか、アオさんは傍目にみて、充実しているように見えていますけどね、違うんですか」
「違うよ。全然だ。ってか逆だろ。ユウの方こそだろ。俺なんか全然だろ」
「なんでですか。なんか私、よくそういうふうに言われるんですけど、ほんと違いますから。友達も全然いませんし、彼氏もできませんし、ほんと全然違いますよ、なんでそういう風に見られるんですかね。ほんと、やめてほしいです。勘違いしていますから。しかも、なんかそういうのって回るじゃないですか。そしてたいてい私と喋ったこともない人とか、浅い人がそうやって言うんですよ。広めるんですよ。もう、なんか……損してる」
「友達いないって、だいぶ交友関係広いだろが。それに彼氏ができませんって、よく言うよな。ユウの場合、『今は彼氏つくりません』って言っても許されるよ。そのくらいさ。ユウ、モテモテだもん。なのに、断るからだろ」
「私の付き合いは広く、浅くなんで! 友達? というかおじさんばっかしだし、それは付き合いがいいからですよ。私、基本飲みの誘い断りませんもん。なんなら仕事だと思っていますし。まあ、別にまったく充実していないことはないですけど、それなりに楽しくやっていますよ。でも、あれなんですよね、なんていうのか、ここらへんで、いわゆる楽しいあたりでぷかぷか浮かんでいるだけで、その先がないっていうか、たぶんずっとこのままな気がしちゃって……」
 おもしろい表現をする。僕は、そんなところが好きだった。
「モラトリアムだな。学生みたいじゃんかよ。いいんじゃない、まだ。てか、ならモテモテの話は」
「だ・か・ら、好きでもない人に言い寄られたって意味ないじゃないですか!」
「やめろって、荒げるなよ。そうだね、じゃあ、どんな人がいいんだよ、好きなタイプは」
「……わかりません。一緒にいて楽しい人です。というか好きになった人がタイプです」
「……はいはい。しょーもな。おわり。おっ、いいタイミング。飯だ、飯。食べよう。いただきます」
「……もう、ずるいですよ。それじゃあ、アオさんの方どうなんですか」
「また今度な。それより午後のさ……」
 たわいもない会話にすぎない。でも、僕にとって掛け替えのない時間であることに間違いなかった。どうにか僕を繋いでいる、最後の希望だとさえ思っている。大げさな意味じゃなくて。ほんとうに。



冒頭だけだけど、まさに都庁とコクーンタワーが跋扈する新宿で僕が働いていた頃に、それらに着想を得たのがはじまりだった。久しぶりに読み返したので、ちょっだけ載せた。2年くらい前に書いた。これは完全な字慰ww

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