俺は演劇リボルバー 05 3.14ch「宇宙船」

#演劇 #劇評  

生死などは何でもない、つまらない事柄なのだ。ただ、生きていく態度が重要なのだ。 ―― 稲垣足穂

ついに、この男と向き合う時が来たようだ。
もう、向き合うのが嫌で嫌で2ヶ月が経ってしまったのだが、次々と観なければならない公演は溜まっていく。その前に奴のことを片付けておかなければならない。

ムランティン・タランティーノ。42歳、厄年である。

9月某日、「気になるから行く」と、のほほんと言い放った歌人、いやさ、この場では敬意を表して「勇者」と呼ばせて頂こう。勇者・佐々木あらら氏と共に向かった先は王子小劇場。

共に降り立つのは久々という北区・王子に脚を踏み入れた途端、我々はムランティン・マジックにかかったのであった。

ほりぶん

モンロー

なんだろう、この地方感。都内とは思えない、なんとも言えない寂れ。まるでこの芝居を観るために地方まで来た、という感覚にさえ襲われる。よく見ると、看板の至る所に「〜王子」と書かれている。マクドナルド王子店、カクヤス王子店、餃子の王将王子店。全てをプリンスに仕立て上げる不思議な街。これが、ムランティンマジックなのか……。

王子小劇場と宇宙船ポスター

劇場に入る前、トイレに向かうと、役者と思しき男が個室に入って行った。本番前で緊張しているのだろうか。明らかにお腹を壊している破裂音がトイレ中に鳴り響く。
全裸ポスターの効果だろうか。客席のほとんどが男。こんなに女っ気のない小劇場なんて初めてかもしれない。
そして、ワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』が鳴り響き、荘厳な雰囲気の中、我々の宇宙船の旅が始まったのであった……。

観劇後、王子小劇場の階段を上がって地上に出た時、まるで宇宙船のドッグから降り立ったような解放感を感じた。まるで350年間の宇宙の旅を終えてきたかのような心持ちである。何しろ宇宙船という密室の中、2時間で人類の歴史を反芻し、そして未来を予見したのだ。時間の感覚がおかしくなっても不思議ではない。

勇者あららが口を開いた。

「舞台が、白かった……」

このガガーリンの如く簡潔にして美しい言葉は歌人としての佐々木あららの真骨頂といえるであろう。

白かった。確かに白かった。面白かった、ではない。ただただ白かったのだ。

舞台の雰囲気はこんな感じ。

2012年の初演の舞台を振り返ってムランティンはこう述べている。

手塚治虫の『火の鳥』と、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』と『時計仕掛けのオレンジ』を、鍋の中にぶち込んで、その他、色々な具材をさらにぶち込んで、グツグツと煮えたぎらせたような、そんな作品だと、自分では思っています。(3.14ch公式サイトより)

えーと……。さすがは作者である。すごく的確に物語の本質を言い当てている。それ以上でもそれ以下でもない。ていうかムランティンさん、元ネタ全部言っちゃったよ! なんて正直なんだよ!

一応、ストーリーをざっとまとめると、たぶんこんな感じだったと思います。

西暦3038年。宇宙船「マンダラ号」が地球を飛び立ったところから物語は始まる。行く先は地球外生命体がいるというM314星。到達までにかかる年月は片道350年。その中で起こる愛憎・革命・退廃・狂気・希望が描かれる。

舞台冒頭から、乗組員の自己紹介から始まるという安心安全親切設計。ここで次のような設定が明らかにされる。

・人類の寿命はバイオ工学により150年まで伸びている。老化という概念がなくなり、自分の好きな年齢のまま加齢する。ただし、150年を過ぎると確実に死が訪れる。つまり、M314星に到達するまでには3世代を数えることになる。

・宇宙船の乗組員は2000人。貴族民と奴隷民に階級がはっきり別れており、貴族民の司令室が舞台として設定されている。

・人々の、というか貴族民の男性の欲望を満たすためのセックス・アンドロイド、ヨニ・ニャンニャンが乗船している。

・主人公ミシマは、貴族民のパイロットとして乗船している。宇宙船はほぼ自動操縦となっており、ミシマは今や誰も読むことのなくなった「小説」を執筆している。そして、ミシマはなぜか寿命の150年を迎えても死なない。死ねないということにミシマは苦しむことになる。

○一幕
貴族民に成りすまして乗船したコックのパインがクーデターを起こし、貴族民を抹殺(ミシマ以外)。自由と平等を標榜した国家を作り上げる。ミシマは精神を病み、過去の忘れられない女をヨニ・ニャンニャンに重ね、愛欲に溺れる。

○二幕
やがてパインも死を迎え、時を経るにつれパインが作り上げた自由は怠惰へと変貌する。人々は自らを倦怠シッパ民と名乗り、自由と享楽を謳歌する。しかし、人口過多による食糧難などの問題が深刻化。さらにスペースシャワーという名の謎の宇宙光線が頻繁に人々を攻撃し、人口がみるみるうちに減少。残ったのはミシマとアンドロイドのヨニ・ニャンニャンのみとなる。

○三幕
突然、クーデターで殺されたと思われたアラノと元妻のパンドラが現れる。クーデターを察知した二人は冷却シェルターに入り、延命することができていたのだ。士官学校で同期だった3人。そこに、ヨニ・ニャンニャンを加え、男2人・女2人の平穏な生活が訪れる。しかし、アラノとパンドラの二人は、M314星の到達を前に、150年の寿命を迎えて死ぬ。
取り残されたミシマとヨニ・ニャンニャン。何で俺だけ死ねないのか、という問いを抱え、ミシマは再び孤独な生活に戻る。
時を経てM314星に到達するか、人類の歴史を書き連ねた小説を書き終えられるか、という瀬戸際。ヨニ・ニャンニャンがミシマを奮い立たせる。「もっと、もっと!ユキヒコがんばって!あー!あー!ああああー!」火の鳥のような火の鳥が羽をバタつかせる。すると、絶叫と共にヨニ・ニャンニャンから緑色のスライムみたいな新たな生命体が生まれておしまい。

そんな感じの話だったような気がします。自分でも書いててよくわかんなくなってしまったので、疑問点はムランティンさんに直接聞いて下さいね。
https://twitter.com/murakikoutarou

私がこの作品から知り得たムランティン像をまとめてみよう。

・ムランティンはマッチョである。
ムランティン・タランティーノが描く世界はかなりマッチョである。まず、女性のセックス・アンドロイドなんて設定が圧倒的に男性目線。上野千鶴子や田嶋陽子がいたら、舞台に駆け上がって芝居を中止させその場でムランティンを正座させて説教し始めるレベルであろう。

・ムランティンはお酒を飲みながら執筆する
パンフにそう書いてありました。シラフじゃ書けないそうです。

・ムランティンは音楽を聴きながら執筆する
音楽をかけてその世界に没入することが、アルコールの代わりになるそうです。パンフにそう書いてありました。
……何もしなければ何もかけないのでは? という疑問は置いておきましょう。

・ムランティンは牛肉が好物
人口が増えてしまった時の食糧難のバロメーターが牛肉の食料基準値を超えたというものでした。さすがマッチョなムランティン。

・ムランティンはセックスが大好き
三幕でミシマ、アラノ、パンドラ、ヨニ・ニャンニャンの4人の生活となった時、日毎にグーパーで相手を替えながらセックスをする様子が描かれます。嫉妬もなく快楽に溺れる生活。ムランティンの理想とする世界はそのようなものなのでしょう。

・ムランティンは哲学者である
主人公のミシマユキヒコは一切成長することなく、そして死なない。そして、物語では一切その理由が明かされることがない。このミシマの存在は、人は死ぬことよりも死なないことの方が恐いのではないか、という問いを我々に突きつける。

・ムランティンはノーベル賞に最も近い作家に少し近いのかもしれない
ノーベル賞の季節になると受賞が取り沙汰される村上春樹。『1Q84』など最近の長編作品では、権力と個人との戦いという構図が際立つようになったと感じる。そして、セックスでいろいろな問題を解決させようとする手法は年老いてもなお盛んである。
世界を包括するような大きな物語、神話的な物語を志向するその心意気は我らがムランティンも負けてはいない。そして、セックスが大好きなのも御大に負けず劣らずであろう。
「宇宙船」で描かれた世界は、人類の歴史そのものである。貴族と奴隷が分かれた封建主義的な世界。奴隷民のレジスタンスが起こしたクーデター。そして革命後、当初の理想とされていた「自由」は「享楽」と「怠惰」に成り代わり、自らを倦怠シッパ民と名乗ってディスコミュージックで踊り狂いながら時間を消費していく。この倦怠シッパ民の存在こそ、ムランティンがタランティーノたる所以であろう。
この世代は谷間の世代である。地球出発後に生まれ、Mナントカ星到達前に死んで行くことが決まっている世代。自分たちはなぜ生まれ、なんのために死んでいくのか。ただの遺伝子の入れ物なのか。こうしたアイデンティティの不確かさが、享楽と怠惰に向かわせたことは想像に難くない。そして、この状況こそがムランティンが若かりし頃を過ごしたバブル~バブル崩壊後の空気そのものといえる。
さらに「宇宙船」の初演は2012年1月。東日本大震災のショックも冷めやらないまま書かれたものだという。この社会状況が繊細なムランティンに影響を与えないわけはない。ムランティンは「宇宙船」という作品を通じて、人類の過去を反芻しながら、未来像を描こうとしたのだろう。本来生殖機能をもたないセックスアンドロイド、ヨニ・ニャンニャンの子宮らしきところから出てきたスライムが何を意味しているのか。私達につきつけられた問いはあまりにも重い。

ムランティン・タランティーノとは何者なのか
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
このゴーギャンの大作に名付けられた人類普遍の問いは以下のようにも言い換えることができる。
「ムランティンはどこから来たのか ムランティンは何者か ムランティンはどこへ行くのか」
ムランティン・タランティーノはこの問いに作品を通じて敢然と立ち向かった。この問いに対する答えは今後のムランティンの作品の中で明らかにされるに違いない。今後のムランティン・タランティーノ先生の活躍にご期待下さい!!

✳︎

しかし、私は演劇リボルバー。ムランティンがどこへ行こうと知ったこっちゃないのである。観劇後、立会人が待ち受ける新宿・珈琲西武にて次なるチラシ引きの儀が執り行われた。

喫茶店でビールをグビグビ飲む立会人たち

私は立会人に一つの提案を試みた。

今後、観劇に同行した者がリボルバーを引き継ぐというのはどうか。

勇者あららは言った。「否」と。立会人もすぐさま勇者あららに同意。私の妙案は満場一致で否決となった。

ということで、満を持して行われたチラシ引きの儀。BCTIONの展示用にトイレ掃除で使ったゴム手袋を左腕にはめてスタンバイOK

引き当てたチラシはコレだ!!

鬼の居ぬ間に「目々連ー覗き込む葉ー」

何が劇団名だかタイトルだかよくわからない謎の多いチラシ。新作のようだが話の内容は全く書いていない。チラシからわかった情報は裏面に書かれている謎の短歌。

秋暮れの
頭を垂れる枯れ草に
怨み残りて
尚しづまらず

青木麦生&佐々木あららという歌人が二人もいる状況が引き当てたチラシなのだろうか。

とにもかくにも、私はさらなる未知の芝居に出会うために劇場に向かうことになるのである。がんばれリボルバー!それゆけリボルバー!めげるなリボルバー!

ということで、100円パトロン絶賛募集中です。そういえば、「宇宙船」もクラウドファンディングを募集してました。
https://motion-gallery.net/projects/spaceship314ch

ムランティンの妄想肥大、公演費用莫大、役者ギャラなし(ノルマあり)、スタッフ薄謝、でもみんなの熱意で支えられてます!というピュアな思いが書き連ねてあります。

ではもっと低価格で、もっと自分たちに見合った作品作りをしたらどうかというご意見もあると思います。劇団会議でもその意見は毎回出ます。当たり前です。みな生活は苦しい。リスクをしょってばかり。

でも私たちは私腹を肥やしたいわけではなく、チャレンジし続けたい。関わってくださった方々に胸を張って作品を残して行きたい。

想像を創造し思考して形にしてゆくことが私たちの希望であり、誇りなのです。

結局、8人のコレクターから72,700円が集まったようです。すごいですね。

ちなみに演劇リボルバーはこれまでに1,500円の支援を頂いております!ありがとうございます。

<「宇宙船」終了時の収支報告>
○収入の部
1,500円

○支出の部
燐光群「カウラの班長会議」チケット代:3,600円
3.14ch「宇宙船」チケット代:3,500円
合計:7,100円

演劇リボルバーは私腹を肥やしたいわけではなく、チャレンジし続けたい。
想像を創造し思考して形にしてゆくことがリボルバーの希望であり、誇りなのです!

ということで、パトロンの方向けに、10月12日に横浜で悪魔のしるし「我が父ジャコメッティ」を観て、そのまま新幹線に乗って大阪で維新派「透視図」を観て、翌日直撃した台風の最中、ムランティンに思いを馳せてみたことを書いてみたのでお目汚しください。

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