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テントで見た夜の海と流れ星 ジムニーをまだ買えず電車で|ジムニーSJ30までの道のり⑤

ジムニーに乗りたくて運転免許を取ったものの、教習所に通ったためお金がなくなってしまい、免許取得一年未満はレンタカーも貸してもらえず、相変わらず私はリュックを背負った小旅行を続けていました。今回は、二十代の頃に私がずっとやっていた、テント小旅行の空気をお伝えしようと思います。

🔷週末に電車で出かける楽しみ
3月のまだ寒い日でした。土曜の朝、登山用のリュックにテントと寝袋と鍋と釣り道具を詰めて担ぎ、常磐線の鈍行に乗りました。電車の中では、リュックが倒れないように手すりにひもを掛けて留めて、そのあとは一週間の仕事の疲れで、何度も何度も居眠りをしました。座っているので、楽な姿勢ではないはずです。でも、体に遠く響く電車の走る音や揺れは気持ち良くて。車内の静かな人の気配には安心感があって。日常生活とは違う未知の場所に向かってまどろむ午前中の時間は、心地よいものでした。

2時間くらい乗り、水戸で乗り換えて4駅目、出かける前に地図で海岸線を読んで狙いをつけた大甕(おおみか)という駅に、初めて降り立ちました。
曇り空の駅前で、私はいつものように座り込んで、地図を睨みながら、どちらに向かって歩いていくのかを考えていました。

🔷出会い
ふと目を上げると、十メートルくらい先に、大型犬が、前足をそろえて座ってこちらを見ていました。

大きなリュックを背負って旅行をしていると、休む時にリュックを下したり背負ったりが面倒なので、そのまま地べたや壁際に座り込むことが多くなります。
そうすると、飼い主と散歩中の犬なんかと目線が同じ高さになるため、しばしば犬に吠えられたり、地面に置いて食べている弁当を奪われそうになったりします。彼らから見れば、立って歩かない低い位置にいる怪しい風体の人間は、同等か自分以下なのかもしれません。明らかに、小ばかにされることがあります。

彼は少し首をかしげて、こちらを見ていました。犬も猫も、目を合わせると良くも悪くも何らかのコミュニケーションが成り立ってしまうので、それが面倒で、私はいつも目を合わせないようにしています。
その時も、私はあえて見ないようにしていました。が、もう一度顔を上げると、彼(彼女?)は前よりも少し近くに来ています。「まずい…関わらないようにしよう」と見ないようにしていると、ますますジリジリと距離を詰めてきます。
結局、彼は私の前に来てしまい、クンクンと私のジャンバーの匂いを嗅ぎ始めました。テントで焚火生活をしているため、服には肉の匂いでも染みついているのでしょうか。「食い物は持ってないよ」と話しかけながら、彼の耳の後ろや首やしっぽの付け根をコリコリと撫でていると、気持ちよさそうに目を細めています。やめると、「もっと」とせがんできます。
首輪をしていないので野良犬なのかな。でもあまり汚れている様子もないから、首輪を外して逃げてしまったのかも、と思いました。しかし、しばらく遊んでいると、彼はあまりちゃんとした指導を人間から受けていない様子。甘噛みというには強すぎる力で、私のジャンバーの袖を引っ張り始めました。慌てて腕を引くと、遊んでもらっていると思ったのか、興奮してますます噛みます。そのはしゃぎようを見ると、彼は大きいので大人に見えますが、案外まだ幼いのかもしれません。
駅前でいつまでもそうしている訳にもいかず、そして、このままじゃれていると、ジャンバーの袖がボロボロになりそうなので、「じゃあね」と言って立ち上がって、私は海に向けて歩き始めました。

🔷海へ
すると、彼は私の前少し前を歩き始めました。後ろをついてくる犬はいままでもいましたが、今回は、何か案内しているような位置関係です。試しに立ち止まると、振り返ってワンと鳴きます。「オイ!」と言っているようです。
面倒なことになったな…と思いつつ、彼の先導が、私の目指している海と同じ方向だったので、、彼について海への道を歩いて行きました。
二十分くらい歩いたところで海岸にぶつかり、海沿いに右に行くと、小さな崖と、船が伏せられている小さい砂浜がありました。好きな感じの砂浜でした。目立たずに過ごせそうな場所だったので、今日はそこにテントを張ることにしました。

海の方に向けて、小さいオレンジ色のドーム型のテントを張って、リュックをテントの中に放り込みました。入り口を開けたまま、テントの中にどっかと座り、靴を履いたまま足をテントのひさしの下に投げ出して寝転がりました。空を見ながら体を伸ばして、ここに自分の居場所ができた安ど感を堪能するのが、いつもの感じです。

🔷海についてからのルーティン―――いちおう釣り人なので
それから、初めての海岸では、とりあえずは海に釣り糸を垂れます。
リールから伸びた糸の先に、8~10号のナツメ型の鉛の錘を通し、金具を付けて止め、金具に13号針のハリスを直接結んで、アオイソメをつけて、50メートルくらい先の海中に投げ込みます。これは、釣るというよりは、私が初めての場所でやる、海底地形の調査のようなものです。
投げた後、竿を軽くあおりながら引いてくると、錘が海底にコツコツ当たる感じで、岩や石の様子がわかります。また、針が掛かる手応えで、海藻帯があることがわかります。そして、リールを巻くハンドルにかかる重さで、砂底に横に走る溝や「ヨブ」と呼ばれる起伏、波打ち際に至る手前の斜面「駆け上がり」等が感じられます。
巻き上げる途中で、魚が釣り針のエサつつく小さい「アタリ」がある場合もあります。底がゴツゴツとした岩石の場合は、稀にアイナメやカサゴ等の根魚が掛かって上がってくることもあります。

今回崖近くにテントを張ったのは、海岸際の崖は、海底深くまで崖が続いていることが多く、深い海は、大きな魚の巣になっている場合が多いからでした。
けれども、先の「地形調査」の結果、この場所の崖際の海底は、岩がごろごろしている比較的浅めの粘土質の砂で、沖に大きい海藻帯があるようです。砂浜の海岸は沖まで砂地ですが、沖には斜めに船止めか何かの太い鉄ワイヤーが張ってあるようで、釣りにはあまり向かない地形でした。
駅から来た時に海岸線にぶつかった辺りまで戻ると、防波堤の内側にテトラポットが入っており、テトラの上からは、遠くまで投げられました。25号の天秤錘で約80メートル投げると、底は滑らかな砂浜地形で、60~70メートルから先が深くなっています。イシモチを狙える地形と距離です。ただ、イシモチは夏の魚で、この時期には期待できません。カレイやヒラメとも異なり、今回は、海から食べ物は上がってきそうにありませんでした。

🔷オレたちの行進
そうやって何時間か過ごして夕方になると、お腹が空いてきました。「地元の物が絶対おいしい」と、食べ物は現地調達主義にしています。そのため、私は食料はほとんど持っていませんでした。

夕方になってテントに戻ると、忘れていたのですが、彼が丸くなって寝ていました。私の足音を聞くと、片目だけ開けて私を見ました。腹が減っているのは二人とも同じなので、気持ちがよくわかりました。「食べ物は?」的な視線を感じる中で、荷物からなけなしの魚肉ソーセージを出して、半分ずつにして食べました。
「全然足りないね」「何か買いに行くか」という声に彼はスックと立ち上がるのを見ると、言葉がわかっている感じがするのは、気のせいでしょうか。

コイツを連れて駅前に戻るのは危ない気がして、海岸線の1キロくらい先に見える、ライトで照らされているスーパーらしき建物を目指すことにしました。再び二人で歩き始めます。やはり彼が前、私が後ろです。

歩き始めて分かったのですが、彼は歩道と車道を区別していないようです。それで、何度も車道側に入っていってしまいます。車の怖さを覚えてもらわないと、彼はこれから先、一人で生きていけません。

それで、私は拾った木の枝を持ち、彼が車道側に反れた時には、ビュッと枝を鳴らして警告するようにしました。彼はその音が嫌いなようで、さっと振り返って止まります。それにしても、そんな短時間では、やはりなかなか学べない様子でした。
それで、落ちていた自転車の荷台用のゴムひもで首輪とリードを作り、彼の首につけました。これで、反れた時には引いて教えることができます。

すると、予想外の反応が起きました。彼は明らかに嬉々として、グングンと私の前を歩き始めたのです。犬の散歩のあの光景です。そう、やはり彼は飼い犬だったのでしょう。それまで何となく前後を歩いていた二人が、リードによって、形がある関係になった瞬間でした。そして、彼の嬉しそうに「飼い主」の私を引っ張る姿は、あまりにも健気で、泣きそうになりました。


ずっと先に見えていたのは、スーパーではなくて大型のパチンコ屋でしたが、二人はリードによって、車通りが多い道も安全に歩けるようになっていましたので、国道沿いをさらに歩いて、大きなスーパーに着きました。リードを入り口横のバーに結ぶと、彼かは両足を揃えて座り、私が出て来るまで、ちゃんとおとなしく待っていたのでした。

オレたちの食料を手に入れて、再び歩いてテントに戻り、暗くなる前に小さい火を起こして、彼は焼いた肉を、私は味噌味の地元野菜を入れた汁と食パンを食べました。


お腹が見たされると二人は無口になり、波打ち際に座って、ずい分と長いこと海を見ていました。
夜になると雲がなくなり、星が見えるようになりました。水平線との境がわからないくらい黒い空をボーっと眺めていると、明るい星が流れて海に落ちました。それで彼の方を見ると、同じように空を見ていました。

(つづく)

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文・写真:©2022 青海 陽

※次回の記事更新は、10月14日㈮の予定です。

読んでいただき、ありがとうございます!☺ かつての私のように途方に暮れている難病や心筋梗塞の人の道しるべになればと、書き始めました。 始めたら、闘病記のほかにも書きたいことがたくさん生まれてきました。 「マガジン」から入ると、テーマ別に読めます(ぜんぶ無料です)🍀