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闘病記を読むこと、書くこと

闘病記を図書館で借りてきた。江國滋著『おい癌め、酌みかはさうぜ秋の酒』。前書きを読んで、本腰を入れて読まなければと構えた気持ちになった。随筆家であり俳人であった著者が、癌の発見から六か月間にわたって克明に描いた日記と俳句を、ほぼ原文のまままとめたものだという。

人には自分の闘病記をつきつけておきながら、私はこの本を読んで多分大きな衝撃を、もしかしてダメージを受けるのだろうな、と気にして読むのを躊躇している。寛解した私の甘い闘病生活とは全く異なる、本物の闘病と死がそこにあるはずだから。でも、覚悟しながら、私は必ず読むだろう。読まなければならないと思っているから。

これまでに闘病記を何冊か読んできた。
最初に闘病記という本の存在を知ったのは、小学校六年の頃だった。好きだった女の子の図書カードに『翼は心につけて』という本の名前を見た。その本を図書室で探して、手に取ってみた。表紙には細いバレリーナのような人形の写真。その姿と亡くなった女の子のイメージが重なって、怖くて開くことができなかった。
同じクラスだったその子はたくさんの本を読んでいた。それも、ふざけた男子の私には想像がつかないような、大人びた本を読んでいた。卒業文集には、自殺した小学生岡真史の『ぼくは12歳』のことを書いていた。私は彼女の作文で初めて「享年」という単語を見たのだが、その意味はわからなかった。
友達とその文章を茶化して笑ったりしながらも、私はずっと気になってその子を目で追っていたし、とても丁寧な優しい文字で書かれた手書きの感想文を、家で一人で何度も読み返していた。
その子は、同じクラスだった三年間に何度も作文コンクールで賞を取り、本にもその文章が載っていた。私が後に思い出して、岡真史の本と、彼の父高史明(コ・サミョン)の本を読んだのは高校三年の時だった。

自分で初めて読んだ闘病記は、高校三年の時に読んだ『シューベルトさまこんにちは』(佐藤由美著)だった。
白血病になった中学生の女の子が、何度も突き落とされ、前向きに気持ちをもとうとしながら、病魔と闘っている姿に気持ちを動かされた。高校生の男子はまだ、感動して泣くという気持ちの表し方を知らなかったので、何度も息を詰めて読み直していた。
その本は、その後友達に貸したかでなくしてしまい、新潮文庫のその本は、すぐに絶版になってしまった。大学生の頃にもう一度読みたいと思ったが、今のようにインターネットで古本を探せない時代だったので、街で古本屋を見ると、必ずその本を探していた。その後十年近く探し続けていた中で、ある日入った小さい町の普通の古本屋に、絶版本とは思えない普通の値段で並んでいるのを見つけて、すぐに買った。その本は今も大切に手元に持っている。

 

自分が膠原病になった後、退院してからたまたま手に取って読んだのは『神様は、いじわる』(さかもと未明著)だった。
同じ膠原病系の難病ということで、共感することや思い出すことがたくさんあって、線を引きながら何度も読んだ。漫画家である著者の手が動かなくなる残酷さと、その中で希望を見出していく姿に、力をもらった。

そして一昨年だったかに電子書籍で読んだのが『未来のことは未来の私にまかせよう』(黒木奈々著)。
ニュース・ステーションでもキャスターを務めていた著者の、スキルス性胃がんとの闘病記だった。その本は彼女の職場復帰で終わっていたため、その後を知らず、元気なものとばかり思っていた。
昨年だったかに、インターネットの記事の中でその後を知って、ショックだった。改めて読み直した時に、本の中で語られている言葉の一つ一つの意味を、まったく違う重さで感じている自分に気づいた。

自分の病気について、まとまった形で残したいと思うようになったのは、その頃かもしれない。自分のために、そしてまた自分の体験や生き様が、同じ境遇にある人の力になれるのかもしれない、とも思った。私が彼女たちから、力をもらえていたから。

後に、闘病記を読むことが病後の心理面のリハビリテーションの意味があると知ります。それで、読書エッセイの内「闘病記」は、「心筋梗塞 わたし記録」のマガジンにも【心理リハ】として掲載するようにしました。

自分の命の淵を見た恐怖の体験の意味、再発の不安、死にどう向き合うのか、残された時間をどう生きるのか、病を内に抱えた時に、解けない問いが繰り返し頭の中を巡るようになります。
闘病記を通して自分の傷をゆっくりとそっと触れるように確かめます。そして先人の生き様から大きな何かをもらいます。それは先の問いへの答えではない。力とも違う、共に生きている感覚や勇気や安心のようなものです。

この後も、私は多くの人の闘病記を読み、自らの体験を書くことになります。

読んでいただき、ありがとうございます!☺ かつての私のように途方に暮れている難病や心筋梗塞の人の道しるべになればと、書き始めました。 始めたら、闘病記のほかにも書きたいことがたくさん生まれてきました。 「マガジン」から入ると、テーマ別に読めます(ぜんぶ無料です)🍀