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青の襲来

 サブスクリプションは有料会員。聞くものは決まって青い音。それだけ。
 青い音は、海。それも深海にある。
 暗い底、不気味な目、そこに魅惑の発光器。それらは深くて淀んだ青の中にある。

 ひとたび青い音を聞けば指先から冷えていく。それは右斜め上から吹き付けてくる冷房の風のせいでもあり、青い音を溜め込んだ体内の変化でもある。
 冷えて膀胱が疼くのはいつものことで、体内の水分が急いて、早く青い音とひとつになろうと騒ぎ立てる。

 氷のように冷たくなった右手の指先はもう随分と青い。右の半身は殆ど青に侵されて硬直している。未だ柔らかい左半身をうまく使って食事をする。眼の前にバタフライピーのハーブティーがよく冷やされて置かれている。その透明なガラスのポットを一度揺らすと、ブルーの液体は気だるくうねって、やがて静まった。

 青いビーズで作られた不格好なコースターに左手のやわらかい指の腹で触れた。指先を刺激するビーズの粒を、今度は冷え固まった右手の指の腹でなでてみる。冷えた指には馴染まないビーズの粒は指の腹に小さく鋭利な反発をする。そんな青ざめ殺気立ったビーズの粒を左手の指の腹がそっとなだめてやる。

 イヤホンから流れる音はいつしか波打ち際の音に変わっている。ちゃぽちゃぽと鳴らされる青い音は膀胱にさらなる刺激を与える。
〝もう一度深く沈み込むべきだ〟と下半身が嘆く。
 深い青、深海の青。もしくはその中間で、クジラの鳴き声と融合する青い世界へ。

 真っ青なブルーベリーソースのかかったチーズケーキをフォークで切り分け口へ運ぶ。ブルーベリーが口の中でどろっと弾けて、口内を青く染める。舌先から広がる青のイメージに戦慄してそれらをすぐに飲み込んだ。青が咽頭から食道を通り胃に流れて行く。体内が青に染められていく。澄んだ青いハーブティーで更に青を満たす。青い液体はじゃぶじゃぶと胃の中で撹拌され、青い液溜まりを作る。
 胃の中が青く染まった頃、とうとう左半身もすっかり冷えて固くなり、唇まで真っ青になった。
 青い。
 青い。青。
 顔を上げるとロイヤルブルーの壁があたりを囲っている。光沢を放つ蒼い大理石の床。その感触を、青白い裸足の裏で確かめてみる。
 冷たい蒼。
 青ざめた足の血管が脈動する。
 青ッ 青ッ 青ッ 青ッ 青ッ 青ッ

 青く太い血管を浮き立たせて、蒼い床を踏みしめ立ち上がる。一歩づつロイヤルブルーの壁に近づいて行く。
 一歩ずつ、青に近づく。
 一歩ずつ、青が濃くなる。
 青が濃くなるにつれ、限りなく黒に近づく。近寄り過ぎてはいけない黒。だけどその中に潜む青にどうしても触れたい。

 青い瞳をゆっくりと左右に動かす。
 目の前に広がる深い青に目を凝らす。
 音。音はどこに。
 青い音が聞こえない。
 深奥なる青に沈んで、青い音を今なお探している。青い世界には、すでに上下も左右もなくなってしまった。 



 



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