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アルイル x ハブ研究会 vol.2

「私、いろいろしてるから、全部書いたら大分怪しい人になっちゃうんで(笑)名刺には自分の名前しか書いてないんですよね。"話してください"とお声がけいただく時は、大概、私がスタッフをしている「ゆずりは」の話をして下さい、とか、里親もしてるので「里親」についてお願いします、と言われることが多い。でもね、今回のように"桃子さんの話をしてください"と言われることはあんまり無いので、今日はとっても楽しみにして来ました。」

そう笑顔で語り始めた、アルイル x ハブ研究会vol.2のゲスト・矢嶋桃子さん。

ゲストの矢嶋桃子さん


このアルイル x ハブ研究会は、茅ヶ崎にある「みんなの家リトルハブホーム」の代表岩崎愛さん(通称もじゃ)と西新宿の「れもんハウス」の代表藤田琴子によるコラボレーションによる、ゆるやかな学び会です。今回はスペシャルゲストに、「谷中ベビマム安心ネット」を運営している矢嶋桃子さんをお迎えしました。谷中ベビマム安心ネットは、台東区谷中を中心とした、上野桜木、池之端、上野、近接する文京区根津、千駄木、荒川区西日暮里などを含めたエリアの地域コミュニティです。

原田梨世さん(ライリー)によるグラレコ。今回も圧巻でした。

今回の研究会も、ソーシャルワーカー、弁護士、大学院生、フリーランス、教員、企業人など、様々な背景の方々が集まり、「共に生きる」ことについて、桃子さんのお話を通じて考えました。

桃子さんのお話です。どうぞ。


桃子さんのお話

生まれも育ちも、東京都台東区谷中の桃子さん。現在、その谷中に、旦那さんと、3人の子どもと大学生になる里子、そして、ハウスメイトと共に暮らしている。

そんな桃子さんが主宰する「谷中ベビマム安心ネット」(以下、ベビマム)は、2011年から始まった。「ちょうど、3.11の東日本大震災の直後ですね。その時、長男は0歳。保育園にも入ってないし、やばい!私、つながりが必要!って思って、勢いで立ち上げました」と桃子さん。「団体名がダサいってよく言われるんですけど(笑)でも、安心できる、ゆるやかなつながりって大事で。当時は今のようなSNSもなかったから、メーリス(メーリングリスト)を作りました。メールを受け取るだけでも、何かに繋がってる感覚を持ってもらえたらなって思って。」

桃子さんは太陽のように明るく、社交的に見えるが、幼い頃は、畳の目を数えるのが好きな内向的な子どもだったらしい。桃子さんの中にある多様性が、いろんな人が、それぞれの個性とその時々の事情に合った形でつながり、また、出入りできる場を作っているのだと感じた。

今、ベビマムでは月に1回、誰でもウェルカムな「みんなでごはんを食べる会」を、桃子さん宅でしている。どったんばったん子どもがはしゃぎ回る中、大人がゆっくりご飯を食べ、お酒でも飲みながら過ごす空間。そこには初めての人もいれば、常連さんがいて、20人くらいでそんな時間を過ごしていると言う。ごはん会は、2017年くらいから、「淡々と、細くながーく」しているそうだ。「家のね、玄関の扉を開けてるんですよ。そしたらね、段々と地域の人に知られていって。そうすると、つながりがつながりを生んでくんですよね。『まあ、とりあえず入ってごはん食べなよ』って、そう扉を開けておくことって大事だなって思うかな。」

7月の「みんなでごはんを食べる会」の様子。ベビマムの公式Instagramより。@yanakababymom

社会的養護のアフターケア「ゆずりは」

桃子さんは「ゆずりは」のスタッフでもある。「ゆずりは」は社会福祉法人「子供の家」が運営する国分寺市にあるアフターケア相談所。

ゆずりはでは、児童養護施設や里親家庭などで生活していた人、虐待や支配などの理由から親や家族を頼ることができない人から様々な相談を受けています。「どこにも帰る場所がない」「借金がある」「家族やパートナーから暴力を受けている」「保証人がいない」「妊娠をした」など、一人で対応していくにはとても難しい困難や問題を、一緒に考え、整理したり、手続きするサポートしています。

ゆずりは公式HPより

この「ゆずりは」には、子ども時代に受けた親や家族からの虐待のPTSDに関する相談に来る人が多いと言う。「大人になって吹き出してくる人も多いです。傷つきは、時が経てば消える、って訳では無いんですよね。」

傷を抱えた大人に心と耳を傾けるのはしんどいこともある。相談にくる人から噴き出す怒りやフラッシュバックを目の当たりにし、桃子さんの心はグサグサと刺され、辛い時期もあったと語る。「辛い時は辛い。」でも、なるべく空気が澱まないように、物理的に空気の入れ替えをしたり、人間同士の風通しをよくしていきたいと思っている、とのこと。「それでもしんどい時は、とにかく呼吸ですね。もうね、呼吸くらいしかできないって時、ありますよね。スーハースーハーって。あ、でも、吐くからはじめないと、なんですよね。吸うから始めると苦しくなることがあるけど、吐けば自然と吸えるから、まずは、吐く。これは、しんどさを感じてる子にも伝えていることです。」

「れもんハウスでも時々、縁側でシャボン玉をしますよ〜深くゆっくり呼吸できるからいいですよね」とれもんハウス代表の藤田琴子。

たとえ呼吸くらいしかできないしんどさがあっても、ある時から、ますます「どっぷり」と人の人生に関わりたくなってしまった、という桃子さん。それも、「仕事」とか「支援する人・される人」という関係性ではないところで。「欲が出てきちゃったんです。人の人生と私の人生をクロスさせたい、という欲。」

「里親家庭=安心」は幻想?第三者の目を。

この「欲」は、桃子さんを里親として生きる道へと導いた。あえて10代後半の思春期の里子を受け入れるのには理由がある。「大人と言われる時期の一歩手前は大事」だからだ。「もちろん大事じゃない時期なんて無いんですけどね。でも、どんな人生を歩んでいくかを決めていく大事な時期ですよね。預かる子どもの大変さは、その子によります。でもどんな子でも、何より大切なのは、一緒に生きる中で、その子の『楽しい!』とか『ねえ聞いて!』という時間を共にすることだと思ってます。」

そう語る桃子さんの言葉と思いの背景には、桃子さんの生い立ちも影響している。桃子さん自身、虐待的な母のもとで育ったと話す。「愛情も強かったんだけど。支配的で圧がある家庭だったから辛かった。」

だからこそ、桃子さんは、「里親家庭だから安心ってのはない」と語る。里親家庭も「家庭」だから、家族内で上手くいかないことなんて、当然ながら起こる。ただ、家庭であるが故に、「第三者の目が入らない」という課題はある、と桃子さんは語る。第三者の目が入らないことで起きる問題を知っているからこそ、自分の家は閉じちゃいけない。自分の家だって、常に第三者の目や第三者の存在が必要だ、と思わされると語る。

社会的養護のアフターケアのネットワーク「えんじゅ」

そんな桃子さんはある一冊の冊子を取り出し、紹介してくれた。

桃子さんが手にしているのが「えんじゅ」の冊子

これは、「えんじゅ」が2022年5月に発行した冊子だ(『えんじゅ アフターケアから、出会いへ』)。「えんじゅ」は、社会的養護のアフターケアに取り組む団体で構成する全国ネットワーク。

アフターケア事業全国ネットワーク「えんじゅ」とは
「近年、社会的養護の退所者支援の必要性がうたわれ、アフターケア事業が社会的養護において欠かすことのできない支援として位置づけをされ始めています。しかし、安定した支援を提供するための制度は未だ十分ではなく、アフターケアを担う多くの事業所が不安定な運営基盤のもとで事業を行っています。各都道府県に1ヵ所という体制が多いことから、孤立や孤独感を感じている事業所も少なくありません。
各地でアフターケア事業を担う団体同士がつながり、想いや情報を共有し、共に学び、支え合うことで、社会的養護のもとを巣立った方、困難な状況にある方々へ、適切かつ多様な支援を提供できること。アフターケアを担う私たちが高い専門性を有し、健全で豊かな心を持って支援事業を継続できることが、設立の目的です。」

えんじゅ公式HPより

この「えんじゅ」の冊子の編集長を務めたのが桃子さん。そう、桃子さんはライターなのだ。自身のアイデンティティの表現として一番合うのは、ライターだという。だから、桃子さんは普段自分のことを支援者とは名乗らない。「私、20代の頃は、有名になりたい、ひとかどの人物になりたい、って思ってたんですよ。でも、なれなかった。でもね、今はそれでいいと思ってます。人生って面白い。私ね、人が生きてきた人生を聞くのが好きで。それは、誰のでも。市井の人の人生こそ面白いって思ってるし、それを次に繋いでいくことは、きっと意味のあること。私にとってライターって、そんな仕事なんですよね。」

「出会った責任」とは

この「えんじゅ」の冊子を発行するにあたって、九州でホームレス支援をしているNPO法人「抱樸(ほうぼく)」という団体の理事長・代表の奥田 知志さんを訪ねに行った、というエピソードも語ってくれた。「奥田さんは著書の中でよく、『出会った責任』って仰っていて。その言葉を聞いた時、『えー、責任なんて重すぎる。いやや!』って思ったんですよ。だから物申しに九州まで奥田さんに会いに行ったんですよ(笑)」

そこで、奥田さんは桃子さんにこう語ったという。

「いや、出会った責任は取れないよ」と。そもそも、人が人に対して責任を取ることなどできない。ただし、人は出会ってしまったら、それをなかったことにはできない。だからこそ、「出会った責任がある」と自分たちに言い聞かせてきたのだと伝えてくれたと言う。また奥田さんはこうも言う。「責任とは何かというと、英語でレスポンシビリティ(responsibility)。応答するってこと。そして、それは相互に求められるということ。だから、僕がよく言うのは、僕らは君に出会った責任がある。でも、君にもあるんやでってこと。責任は取れないけど、出会った事実は消せない。」

「出会った責任。その出会いが、仕事であってもなくても、まるでなかったことにできない事実がある。私は、何者でもないただの矢嶋桃子だけれど、そんな自分の人生に飛び込んできた出会いを大切にしたい。」そう「矢嶋桃子の話」を語り終えた桃子さん。桃子さんの言葉は、いろんな人との出会いの事実とつながりから生まれたものであるということが、その言葉に触れた私たちに伝わった。

参加者の言葉・想い

「私は、自分を守って生きてきた。『支援者の在り方』として括るのであれば、それは正しい在り方なのかもしれない。でも、人としては、とっても不自然な生き方だなって最近思ってて。やっとこういう場で、『私は〇〇〇です』って自分の職業や肩書きを言わなくても人と接することができるようになってきたところ。鎧を着てた自分がいたんですよね。だからこそ、自分で『イル』ということをもっと大事にしたい。今はそう、脱皮した感じなんで。皮がゆるゆるなままでもいられる場が増えていったらいいなって。そう思います。」

参加者の言葉

「『鎧を脱ぐ。』『出会った責任。』『ピースとピースをあたためる。』今日聞いたいろんな人の言葉を、自分の生活の中で大事にしたい、まずは自分の周りから。じょじょに染み出す感じにしていけたら・・・」

参加者の言葉

「責任って、アンサーを与えるのではなく、レスポンスしていくことを積み重ねていくこと。ごはんを一緒に食べたりしながら、細く長くつながり続けていくことが、本当の意味での責任なのかもしれないと今日思わされた。教育って漢字も『共に育つ』に変えたいって思ってたんですよね。縛られず、共に解放に向かっていかないとなって思った。」

参加者の言葉

ひとこと感想。

私は「責任」という言葉について、研究会後、思い巡らしています。

責任というと、子どもには、「責任ある大人になること」を求め、大人には、「責任ある大人であること」を求める社会に生きる私たち。周囲から期待されている反応や行動、また役割を、期待通りに実行するあり様を「責任ある人」と呼び、「個が個でイルこと」が尊重されるよりも前に、まずはそんな「責任ある大人」でいることが求められる。そんな大人像を自他に押し付け、押し付けられ、得体の知れないその規範で評価し、評価していないだろうか。かといえば、「責任を持つことは出来ないから」という理由で、大きく一歩引き、他者との間に一線を引く・・・そんな自分はいないだろうか。境界線や自分を守るための鎧は時として必要。けれども、ふと気がつくと、自分が傷つかないための防衛線ばかりが張り巡らされ、風通しが悪くなり、つけ外し可能なはずの鎧を外すことが不器用に。今回の、桃子さん、桃子さんを介して紡がれた言葉、そして、参加者の声を通じて、そんな社会と、自分の今と過去を見た気がします。

だからこそ、谷中のベビマムや茅ヶ崎のリトハブ、西新宿のれもんハウスの様に、まずは個が個として大事にされ、鎧を外しても、つけたたままでも、それでも共にいられる場は貴く、だからこそ、そんな場がもっと広がるといい。そう改めて思わされています。そんな「場」は、自分と出会ってしまった人に対し、自分がーありのままの自分としてーレスポンス(応答)し、そう応答し合う関係を紡いでいく中で、広がっていくのでしょう。YOUの前にMEでいる。大事にしたいです。

お話の後、ポストイットにそれぞれ「明日から実践したいこと」を書き、全体にシェアしました。

次回のお知らせ

次回は9月30日(土)。ゲストは一般社団法人「coco porta」代表の白田有香里さん。現在、地域に開かれたファミリーホーム『goen』の開設準備中でもあります。どうぞお楽しみに。

自然農法「無の会」による差し入れの美味しいお米とお味噌!無の会のお米で作る塩むすびは格別の美味しさ。もっちもちで、優しいお味噌の豚汁と合うんです。

文責:カナ