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【短編小説】ホームランボール

パァン!

硬式球と木製バットがぶつかる音が、外野席にいる僕の耳に遅れてやってくる。

一斉に立ち上がる観客。

「これはホームランになる」野球経験者の僕はそう確信した。

ボールは放物線を描き、僕の方に向かって加速してくる。

あんなに小さく見えていたボールがみるみる大きく見えてくる。

「捕れる!」

瞬間、体温が一気に上昇する。

僕はあわてて左手にはめていたグローブを構える。


パァン!


革の乾いた音がレフトスタンドに響き渡る。

一瞬の静寂とそのあとの大歓声。

僕はホームランボールをキャッチしていた。

柄にもなくガッツポーズをして、後ろの席のおっちゃんとハイタッチをする。

なんて運が良いんだ。

このボールは家宝にしよう。

おっちゃんに家宝を自慢して見せると、その視線の奥に羨ましそうにボールを見る中学生くらいの少年が見えた。


そこで僕はある記事の見出しを思い出す。

『子供からホームランボールを横取りした男性が炎上』

テレビ中継で映し出された一部始終がツイッターで拡散され、男性は大勢から非難された。


そうだ、この瞬間もテレビ中継されているかもしれない。

僕の頭は意外にも冷静になっていた。

僕は覚悟を決め、目の前の少年に声をかけ、笑顔でホームランボールを手渡す。

少年は目をキラキラさせて、大喜びをした。

これでいいんだ。

変に炎上したくないし、この行為がテレビ中継されていたら、僕はきっとみんなから称賛されるだろう。

そんなよこしまな気持ちもあったが、少年の嬉しそうな顔を見たらそんなこともどうでもよくなっていた。

翌日、眠い目をこすりながらツイッターを開くと、ある記事が僕の目に飛び込んだ。


『【悲報】男性に譲ってもらったホームランボール、メルカリで販売される』


信じられない見出しに呆然としたまま、力のない親指で記事をタップすると、僕の家宝が3万円で売られていた。



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