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Vol.6 僕のマインドセットを破壊した孫泰蔵さんの言葉

 前回の連載記事で、新聞販売店の横に併設したスマホショップが想像以上の成功を収めたという話をしました。「日本一親切なスマホショップをつくる」という方針を立てたものの、まごころデジタルサポートを活用していただいたシニアの方々が、あれほど多くのご家族を連れてきてくれるとは思いませんでした。

ソフトバンク社内でも話題に

 僕が経営していた「ニュース&モバイル」はソフトバンクのiPhoneを扱うお店ですから、「生駒市の販売店がiPhoneをガンガン売っている」と、ソフトバンク本社でも話題になったそうです。すると、ある方から孫泰蔵さんに会わないかというお誘いをいただきました。ソフトバンクの総帥、孫正義社長の弟さんです。泰蔵さんは若手スタートアップの経営者を集めた食事会を定期的に開催しており、「そこに来たら」というお誘いでした。

 新聞販売店とスマホショップを経営しているだけの僕が参加していいのかなと不安に思いましたが、自身も起業家として活躍されている泰蔵さんです。是非お話を聞いてみたいと思い、場違いとは感じながらも食事会に参加させていただきました。その場には、後にスペースデブリ(宇宙ゴミ)の解決に世界で初めて取り組むアストロスケール社を立ち上げた岡田光信さんなど、全部で15人くらいの起業家の方がいました。

 その中で、僕はかなり浮いていたと思います。皆さん、IT(情報技術)関連のスタートアップばかりで、名刺交換しても、「えっ、新聞屋さんですか」みたいな微妙な反応で……。ただ、実際にビジネスの説明を始めると、みんな目が点になっていました(笑)。以下、その場の雰囲気をかいつまんでお伝えします。

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「君たち、メチャクチャすごいな」

孫泰蔵:iPhoneの販売台数で日本一になったみたいだけど、どんなことをしているの?
青木:まごころサポートというサービスを始めたところ、予想以上におじいちゃん、おばあちゃんがiPhoneを買ってくれたんです。さらに、息子さんや娘さんにまでオススメをしてくれて……。僕の店で乗り換えるため、他県に住むご家族まで連れて来てくれたんです。結果として全国で販売台数月間ナンバーワンになりました。
孫泰蔵:まごころサポートって何?
青木:シニア向けの生活サポートです。電球交換やハウスクリーニング、家電修理のお手伝いや買い物の付き添いなど、おうちの困りごとを何でも解決するサービスです。スマホショップを始めたものの、競合とのキャッシュバック競争が激しい激戦区でした。それで、試行錯誤しながら結果的に「日本一親切なケータイショップ」をつくろうと、シニアのお困りごとのお手伝いを始めたんです。
孫泰蔵:それ、スマホの販売と全然関係なさそうだね(笑)
青木:デジタルサポートということで、スマホに限らず、家電の買い換えの付き添いなど何でもお手伝いしました。
孫泰蔵:それはすごいな!シニアにとってそんな良いことしてるなら全国に広げないといけないよ。

他の店の区域に入ってはいけないという業界ルール

 泰蔵さんは「まごころサポートを全国に広げないといけない」とおっしゃってくれましたが、前回の連載で話したように、新聞販売店はテリトリー制なので他のエリアに出て行くことができません。ほかの地域に出ようと思うと、孫悟空の輪っかがきゅーっと締まるような感覚です。僕もそのカルチャーの中で生きてきたので、全国展開するというようなスケールで事業を考えたことがありませんでした。

 それを泰蔵さんに伝えると、シリコンバレーの話をしてくれたんです。

 泰蔵さんは以前、兄の孫正義さんと一緒にシリコンバレーの経営者が集まるワイン会に参加していました。その会合に行くと、スティーブ・ジョブズ(元アップルCEO)やビル・ゲイツ(元マイクロソフトCEO)、マーク・ザッカーバーグ(フェイスブックCEO)など名だたる経営者がいたそうです。

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※今でも鮮明に覚えている孫泰蔵さんと語り合った夜

 
 その会合で、彼らは酔っ払うと、毎回同じ話で盛り上がっていたと泰蔵さんは言いました。その内容は何か。株価や新製品・新サービスかと思いしや、全然違います。彼らは口々に「テクノロジーの力を活用して世界の問題を解決して、半歩でも社会を良くしよう!」と盛り上がっていたと言うんです。でも彼らは社員が一人もいないガレージで起業した最初からテクノロジーやインターネットが世界を変えると心から信じている人たちなんだよ、と話してくださいました。

ハンマーで殴られたような衝撃

 彼らは本当にテクノロジーの力を信じていて、夢中に事業に取り組み、ある時ぱっと後ろを振り返ったら会社がアップルやマイクロソフトになっていた。誰も時価総額1兆円の帝国をつくろうと思って起業などしていない。志というのはそういうものではないか──。泰蔵さんはそう言ってくれました。僕がまごころサポートの可能性を信じているのであれば、これから高齢化していく日本を半歩でも前進させるべきだ。自分にできる、できないではなく、やると決めれば世界は動き出す。そういう話をしてくれました。

 泰蔵さんとの楽しい食事会で酔っていたというのもありますが、本当に頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けました。これまで自分の販売店のテリトリーのことだけを考えていましたが、この時に初めて全国に広めるチャレンジをしたいと思ったんです。それまでのマインドセットは完全に破壊されました。
 
 実は、泰蔵さんとの出会いと軌を一にして、もう一つまごころサポートの全国展開に背中を押す出来事がありました。共同通信が主催したイベントです。

地方新聞の社長さんが長蛇の列

 共同通信は年1回、加盟している全国の新聞社の経営者を集めた全国経営者会議を開催します。その場では、毎年、ベストセラー作家や大学教授など旬の方々を呼び、講演会を開いてきました。その講演の場に、僕が呼ばれたんです。2013年春のことです。

 リーマンショック以降、新聞社と販売店の収入はガタガタと落ち始めていました。それで、販売現場の生の声を聞こうという話になり、まごころサポートを通じて新しいスタイルの新聞販売店に取り組んでいた僕のところに話が来たわけです。

 もっとも、地方新聞の経営者と言えば、その地域の一国一城の主。販売店の若造の話など聞くわけがないという意見もありました。僕もそう思っていました。ところが、1時間の講演の間、昼寝をする人など誰もおらず、みんな前のめりなのが壇上からも分かります。終わった後の休憩時間、僕と名詞交換する社長や幹部の方々で大行列ができたほどでした。

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まごころサポート一本で行くと決意した瞬間

 その時に話したのは、次のような内容です。

 これまでの新聞販売店は、優れた紙面をつくる新聞社におんぶに抱っこで、何もしなくても勝手に読者が増えてきました。ただ、そんな時代はもう終わり。今こそ販売局・販売店が主体性を持って新聞を熱心に売っていく必要があります。

 グリコのキャラメルは確かに品質が高いけれども、おまけのおもちゃがほしくて手に取る子どもがいるように、キャラメルに別の付加価値をつける存在が不可欠。それが、まごころサポートなんです──と。

 この時の名詞交換で、数十という数の新聞社の社長から講演予約をいただきました。ただ、共同通信に加盟していない読売新聞系列の販売店の僕が共同通信加盟社に講演に行くわけにはいきません。泰蔵さんとの出会いとこの講演会をきっかけに新聞販売店を卒業し、まごころサポート一本で勝負しようと決意しました。

 それからの7年は想像通りにはいきませんでした。思い返せば本当に苦難の連続でした。ただ、その話をする前に、少し昔話になりますが、なぜ私が起業家を志したのかという話をしようと思います。私の起業家人生のベースには、高校1年生の時に訪れたフィリピンの光景が原体験としてあります。


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