『破壊された遊園地のエスキース』収録作解題
2023年3月7日、anon pressより第一短編集『破壊された遊園地のエスキース』が刊行されたので自作解題および覚書を書く。本書は現在のところKindle、Kindle Unlimited、anon pressマガジン購読のいずれかで読めます。励みになるので、よければ読んであげてください。
破壊された遊園地のエスキース(anon press)|青島もうじき
2021年4月から2023年2月の約2年間のうちに書いた作品群の中から、テクノロジーと人間のディスコミュニケーションにまつわる作品6編を選び、それに加えて一冊の本にするにあたって不足している観点などを取り込んだ作品を3作書き下ろし、全9編の短編集となった。
「語ることで損なわれるものの存在について了解しながらも、絶えずその失敗を遂行し続ける」という祈りの仕方について考えるとき、わたしはいつも歌人・斉藤斎藤の論考「私の当事者は私だけ、しかし」および連作「棺、「棺」」を思い出す。
短歌はその31音という少ない音の羅列の内に視点を宿すために、「それは歌人の内側から発されたものである」という前提を共有しており、一般にそれは「私性」と呼ばれる。しかしながらそれは同時に、他者を語ることの絶え間のない失敗をも含意する。他者ついて語る時、そこには「私から見た他者」というフィルターが否応なしに介在し、その欺瞞は時として暴力的な振る舞いとなる。
語ること(=フィクション)は、近代的自我の確立と時を同じくして「予め了解された失敗」となった。横溢する小さな物語の中に生きるわたしたちは、「語ること」に内包された無限の非倫理に引き裂かれてゆき、自己矛盾の陥穽へと落ちてゆく。けれど、その失敗によってのみ救われる感情もこの世界には存在しているはずだ。サイダーの泡の痛みが清涼感へと名を変えるように、祝祭の鬼面が子の健やかな成長を願うように、わたしたちは予め了解されたディスコミュニケーションの中に「それでも」を付与することによって、他者と繋がりを持つことが出来る。
「AIが物語を終わらせる」「ポリティカル・コレクトネスが物語を損なう」「生きづらさが文芸になる」といった言説になにか感じるところのある読み手の方に届けば、この上なく嬉しいことのように思います。破壊された遊園地の、深く遠いところへ行くための手がかりとなることを祈って。
収録作解題
ロプノールとしての島
――初出:『汽水域観測船 Vol.1』
ジオタグの取得の失敗によってひとところに集められることとなった「忘れ去られたもの」を扱った短編。記録領域が拡張され忘れることの困難となった時代に、忘れられることによってのみ辿り着くことの出来る領域へ手を伸ばす。
本作は昨年、anon pressにも掲載していただいた。以下、本短編集を手掛けてくださったanon press編集長・青山新さんによる、マガジン掲載時の紹介文を再掲する。
ラフノー小伝
――初出:『汽水域観測船 Vol.2』
疑似科学にまつわる偽史を専門とした架空の科学史研究者であるラフノー・ボーアドルトにまつわる評伝の体を取った作品。何重にも折りたたまれた空想の中で、歴史の裏側に執拗に隠蔽された恋人の存在が展開される。ラフノーの主な論文に「疑似科学にとって万有引力とは何か――月光のアナロジカル重力論」「科学と疑似科学のあわい、あるいは藁人形の実効について」などがある。
所属する文芸サークルにて保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』(中央公論社)を通して実作を相互に講評するという企画を行った際に執筆した。初出時、あまりに締切が迫っていたため祖父の葬儀場で書いた。
森林完全(Treeing-complete)
――初出:『万象:アジアSFアンソロジー』
日本南東に位置する研究無人島の生態系が計算する非決定性オブジェクト指向仮想森林を舞台にしたSF。非決定性チューリングマシンは特定の経路最適化問題に多項式時間で解を導く方法を与えるが、そのようにして「あなたとの全ての可能な関係」をシミュレートし、最適解を出力してしまうことについて扱った。二年前、初めて小説企画に呼んでいただいた際に書いた作品。
〈胞示院掩庭・三断面〉評
――書き下ろし
執筆にあたって大量の日本庭園を眺め、作庭の入門書を読み漁った。作中でも扱ったが、龍安寺石庭の方丈には「目のご不自由な方の為のミニ石庭」という、触れられるジオラマがある。それを遠めに眺め、直後に実際の石庭を観賞した時、わたしはその場に存在する「意志と重力」を強く感じた。架空の名石と庭園とを扱った本作において、一つのモデルとなったのはそうした禅寺の枯山水庭園の幾つかである。
本作は現在受講している布施琳太郎さんの講義「ラブレターの書き方」の第3回までの内容を受けて実作した。「森林完全(Treeing-complete)」で扱ったテーマに対する2年越しのひとつのアンサーでもあり、この位置に収録させていただいた。
ほ/た/る/び/の/な/み
――初収録
光の生物である蛍は、粒と波との両義性を持つ。認識の粒度が蛍の一匹のオーダーにまで低下する災害に遭った子どもと、その子どもに命を救われた友人とが、異なる認識の世界で意思疎通を図る短編。
2年ほど前に書いてお蔵入りとなっていた作品に今回大幅に手を加えて収録した。「できる」に対する美的判断についての議論は伊藤亜紗『体はゆく』(文藝春秋)、佐藤岳詩『心とからだの倫理学』(筑摩書房)などを参照した。紅坂紫さん主催のネットプリント企画〈CALL magazine〉に寄せたフラッシュフィクション「光のためのエチュード」も近いテーマを扱ったので併せてお読みいただければ嬉しい。
履歴「砂粒(Un-UncannyValley)」
――初出:『繊翳:関西弁団地妻SFアンソロジー』
コロナ禍が変容させた(あるいは変化を加速させた)ものの一つに距離概念が挙げられる。距離が問題とならなくなるとき、地域性を根拠とする摩擦は限りなく存在しないに等しいものとなる。そうした世界で言語はいかにして存在価値を持ちうるのかと考えていた。
わたしは疫病が蔓延して外出がままならなくなった時期に小説を始めたこともあり、距離と言語というテーマには強く興味を持っていた。その一つの大きな表れとしては方言というものが考えられる。本作では柳田國男『蝸牛考』などを参照しながら、全てが複製可能となる仮想世界を通して制限が可能とする豊かさについて考えた。大半の人間が仮想空間へと意識を移した世界で、そこでで生まれた仮想空間ネイティブの距離概念を、失われた関西弁を一つの鍵に思考する作品。
破壊された遊園地のエスキース
――書き下ろし
表題作。レトロゲームのグリッチに勤しみながら廃墟の中庭に巨大なQRコードを創り出す、かつて万人にとっての「娘」としてインターネットミームとなってしまった中学生についての小説。
作中でも直接的に触れたが、ハクティビズムについて考えていた。ucnv『グリッチアート試論』などでも言及される問題であるが、画像処理の分野においてはベンチマークとなる画像の選定に倫理的問題が浮かぶことがある。これには業界の性質が関係していたりすることもあり、作中では扱いきることの出来なかった点も確実に残るが、本記事の前半で触れた問題意識についてはひととおりの答えを出せたものと思う。他の参考文献に木澤佐登志『ダークウェブ・アンダーグラウンド』(イースト・プレス)、共同通信社運動部『アスリート盗撮』(筑摩書房)など。
作中で扱われる作品は、ポケットモンスターシリーズ『赤・緑』および『ダイヤモンド・パール』をモデルとした。これらは、発売から現在に至るまでその重篤かつ自由度の高いバグで有名な作品である。
此岸にて
――初出:『万象:アジアSFアンソロジー』
全てがクローンである彼岸花の遺伝的同一性をもとにした情報記録機関を用いて、双子の妹と幼馴染の心中についての調査を行う姉を主人公としたSF。「履歴「砂粒(Un-UncannyValley)」」でも扱った、同一性についての技術とその実存的受容をテーマの一つに据えている。「森林完全(Treeing-complete)」同様、かなりの初期作品。
サロゲート
――初出:anon press
UnicodeとAI小説にまつわる神話を扱ったスペキュレイティブ・フィクション。2022年末、トロブリアンド諸島のクラ貿易について調べていたところ、不意に文字が物語を指定し、物語が文字を指定する世界を幻視した。短編としては思弁的な色の強くなることが予想されたが、掲載媒体も全く考えないままにプロトタイプとなる断章を書いたところ、ありがたくもanon pressに拾っていただいた。
本書の表題作は「破壊された遊園地のエスキース」であるが、最後となる短編としては本作「サロゲート」を据えた。収録された作品には随所に「啓示」の語が現れるが、本作は小さな物語の横溢するこの世界における「啓示」へのひとつの回答となるものと思う。破壊された遊園地は、それでも十分な啓示に満ちている。
こちらもanon press掲載時の青山新さんの作品紹介を再掲する。
以上、全9編(原稿用紙換算・約260枚)
破壊された遊園地のエスキース(anon press)|青島もうじき
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