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「おっぱいペインティング」(2018~)ステイトメント

男性であるイヴ・クラインは女性の体を絵筆にして描いた。
それに対し、女性である私は私自身の肉体を絵筆にして描く。
昔から大きな胸がコンプレックスだったが、それを逆に生かしてやろうと思った。
ホモソーシャルへの反発だ。

アートの現場で女性性を全面に出し、女性性そのものを冷笑するため、道化に徹する。
道化である私は、観衆に性的な眼差しを持たれたり、消費・搾取の対象になるであろう。
それは、美術界、いや、社会における女性の性的搾取問題を明るみにする装置なのだ。
美術に興味のあるフリをした人たちが私のおっぱいペインティングで大きな胸に喜ぶたびに、それは炙り出され、コンセプトがますます強化されていく。

また、近年では大道芸的な扱いしか受けないライブペインティングをパフォーマンスアートへと昇華するための行為でもある。
先人を挙げると、白髪一雄のフット・ペインティング、久保田成子のヴァギナ・ペインティング、篠原有司男のボクシング・ペインティングなどがある。
それら60年代日本のアーティストたちへのリスペクトであり、現代へ繋げていく活動だ。

乳房で描くと手よりもコントロール不可能性が増す。上手いだけのこなれた絵から解放され、自然美に近いものが生まれる。古くはオートマティズムだ。人工美は自然美に勝てない。しかし、私は培ってきた技術力で自然美をコントロールし、偶然を必然に変えたいのだ。一見ふざけているように見えるかもしれないが、構図・色彩・トーン・バランス・空間などを練りつつ構成した、非常にアカデミックな抽象絵画である。

普段はフィギュラティヴアート、コンセプチュアルなインスタレーション、アンダーグラウンドやサブカルチャーの導入、または詩やノイズ・音楽・書道など他分野と の共演などと、多岐にわたって活動している。
その中核となるものは即興性だ。ジャクソン・ポロックから始まった、即興的絵画運動を現代につなげるというアプローチである。

身体性を伴う有機的な動きと、ダイナミックな筆致、大胆なストローク、リズム。それらは、私だからこそできることだ。体全体を使い、直接キャンバスに触れることで、絵画感覚が筆よりもよりストレートに伝わる。絵画と直接対話を図りたいのだ。

白い水着が絵の具にまみれていく。絵画と一心同体になり、自身が絵画へ変わっていくようだ。描く/描かれるの逆転が起きる。その不思議な現象を鑑賞者にも体験してほしい。

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