見出し画像

昨日の原稿を、丸山塾への原稿へ改稿 / 20240730tue(1774字)


 廃屋の前でふたりの少年は立ち止まる。そこは浮浪者が駆け込んだ廃屋に違いなかった。入り口に錆びたトタンが立て掛けられてあって、トタンをよく見ると《目》と明朝体で書かれている。
「痛え」
 リョウはトタンの縁で手を切った。
「だいじょうぶ? 」
 セナはリョウに声をかける。ふたりは土間と三和土を這って腹を真っ白にさせて框(かまち)を上がった。大量の白色のゴキブリが竈(へっつい)のほうへ消えるのを見た。座敷にあがるとそこは孟宗竹で繁っていた。畳はすべて剥がされ、七輪や白い炭や黒く煤けた鉄鍋や小動物の死骸や竹串などが転がっていた。隅に、白い人骨のようなものが堆積して見える。ここで産み落とされた嬰児のようだったのでふたりは見ないことにした。
 北に敷かれた絨毯を剥がすとそこに階段があった。ふたりは降りて行く。それからは闇だった。黒に黒を塗り込めたような闇だった。あまりの漆黒の闇のせいかふたりは時間の概念を忘れた。
 ごつん。頭が闇の壁にぶつかった。闇の壁をふたりで押すと、光の筋が現れ、目の前に地下帝国が広がった。最初は目が潰れるほどに眩(まぶ)しかったが、目が地下に慣れると、扉は自動ドアのように閉まって背後の崖に溶けこんだ。
 群衆の前に、岩で建立された大聖堂の壇上で全身が白い装束に包まれた男が演説をしていた。その男は教祖のようにみえた。顔を隠すベールの中央には大きく《目》と明朝体で書かれてある。教祖が両手を掲げると群衆は大歓声をあげる。ふたりの少年はその異様な光景をぽかんと眺めた。
 壇上の上下(かみしも)で桃色の羽衣を着た女の侍従が倒れた。上下から、教祖に向かって忍者のような影が近づいていった。教祖の胸にナイフが突き立てられ、それから右脇腹、左脇腹、背中にナイフが突き立てられた。教祖は前後左右から串刺しになった状態で群衆の前に、高々ともちあげられた。それでも教祖は血を流したまま両手を掲げつづける。群衆はざわつく。
 とつぜん、教祖の頭部はショットガンで吹き飛ばされた。
「ぎゃっ! 」
「教祖さまが死んじまった! 」
群衆のざわつきは静まる。
「我が子たちよ。この私をそのまなこでみなさい! 」
声は、教祖の腹から出ていた。教祖は頭部を失ったままの状態で両手をさらに天へと掲げる。
「死んでるのに! 」
「頭(あたま)がねえのに! 」
「死からの復活だ! 」
「奇跡だ! 」
 こりゃマジでやべえコトだ。恐ろしくて背筋がピンと伸びた。こんな人生は二度とない。んだんだ。おめえとおなじ瞬間に生きててよかったべ! おれもそう思うンべ。群衆はどよめく。群衆は方々で抱き合って、泣き始めた。
 長屋の辻にある井戸端から、ふたりの男のひそひそ声が聞こえる。
「おれ。先月もあれとまったくおんなじ奇跡。見た気がするんべ」
「なんだか、おれもだんべえ」
 リョウはセナの手を掴んで長屋の陰に隠れた。
「セナ。隠れろ。あのふたりだ。あいつらの手元」
「あ、ぼくたちの望遠鏡だ」
 浮浪者のひとりがこちらを振り向いた。
 ふたりは慌てて「易」と書かれた暖簾に潜った。なかでは侍が傘の骨に白い液体を塗っている。おいセナ見ろよ。あのサムライ、サムライなのに腰に刀を差してないぞ。きっと事情があるんだよ。セナはリョウの耳元でささやく。
 侍と目があってふたりは、こっくりと肯(うなず)く。侍のほうもしずかに首を下げる。侍は傘作りにもどった。
 浮浪者はひとつの双眼鏡を交互に使って岩壁の大聖堂で行われた奇跡を見つめていた。しばらくして浮浪者の背の高いほうが首を傾げた。
「おれ、おまえに告白があるべ」
「おれは女が好きだべ」
「ちがうべ」
「じゃあ、なんだべか」
「今日の夜、おれはここを、出ていくべ。外の世界に出たらば、おれはもう二度とはこの世界にはもどらねえべ」
「そうか」
 浮浪者の背が低いほうは一瞬、悲しい顔になった。だが、またすぐに笑ってみせた。ふたりは手をだしあって、かたい握手をする。
「じゃあ、また明日だんべ! 明日、またおれとあのオオルリの鳴き声が聞こえる火の見櫓に登るんべえよ! じゃあな! 明日またな! 」
 浮浪者の背が低いほうは大聖堂へと駆けていった。
「いつもの時間にここでおまえを待ってるべ」
「おうよ! また明日な! 」
 浮浪者の背が高いほうの男は、走って群衆のなかに消える男の背に手をふった。

よろしければサポートおねがいします サポーターにはnoteにて還元をいたします