木目をかぞえる
空を見上げている私を、彼は見つめる。私にはそれがわかる。
彼の美点は、なんでもかんでもすべてひっそりと行うことができることだ。ジュースを飲むときも、歩くときの手のやり場も、私を見つめるときも、それは一緒にいる人になにかしら清潔な印象を与えることができる。そういう人だ。
そして私の美点は、そうした彼の特徴をただひたすらに気に入っているということだ。彼の清潔なしぐさと、スッキリとした一重まぶた、ほっそりとした立ち姿。どの彼を切り取ってもなぜか簡単な気分になる。
彼は孤独で、寛容な人だ。そうした彼の近くに私がいるということ自体が、私の自慢できる点だった。たこ焼きが好きで、それとハイボールを毎日食べている私でも、清潔になれるのだから彼の浄化作用はときどき恐ろしくなる。
一度だけ、彼を怒らせたことがある。それは私が彼の実家を彼と一緒に訪れたときだ。もちろん彼は滅多には怒らない。なにか不満があるにしろ、その不満は彼の生活を淡々と続けていくうちに消えてしまうらしい。
その日、私は彼の実家で、リビングにある古くて立派な杉のテーブルにある木目をかぞえていた。
木目をかぞえるとは、テーブルにあった木目の数をあたまのなかでかぞえていたということだ。それ以外にその行為に意味はなかった。あまりに彼の実家が無趣味で言うべきことがなにもなかったので、しかたなく彼の母親がお茶を準備している間、木目をかぞえていた。その様子をひっそりと見つめていた彼は、突然堰が切れたように怒り出した。
「テーブルを見つめているのか?それとも木目を覗いているのか?どっちなんだ。」
私は、木目をかぞえているのと、そっけない声で返した。覗いているわけではないわ、と。
刹那、彼の視線を強く感じた。彼を見つめたとき、私は木目をもう2つかぞえた。それは確かに覗かれていたようだった。でも私は木目をかぞえる。
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