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きれいなあの子

登場人物

悠太:主人公。高校1年生。

愛莉:電車によくいる人。高校3年生。


 朝7時半の電車。その電車は俺の最寄り駅発で、どんなに駅が混んでいてもその電車だけは常にのんびりと乗ることができるから、俺は好きだった。

 そんな電車に、めちゃくちゃすごい美人がいる。背はそこまで高くないけど、ものすごくスタイルがよくて、色白で、きれいな黒髪で、目がぱっちりしていて、いつもほほえんでいるような女の子だ。歳は俺と同じくらい。高校生だろうが、彼女はここら辺でも有名なお嬢様学校の制服を着ていた。

(今日も乗ってるな)

 乗るといつも、入り口に近い、一番端っこの座席に座って単語帳を開いたり、本を読んだりしている。今日もそれは例外ではない。

 俺はあえて彼女の向かいとかとなりじゃなくて、彼女から見て斜め左の方へ座る。真正面には恥ずかしすぎて座れないのだ。

 でも・・・朝日が差し込む車窓を背景に映る彼女はとても美しい。俺はまさに一目惚れをしていた。こんなきれいな人が現実世界にいるなんて考えられなかった。

「愛莉!おはよう!」

「ああ、おはよう」

 彼女の友達らしき人が隣に座る。友達もすごくきれいだ。切れ長の目がかっこいいけど、サイドのクリクリの髪の毛がかわいい。

 話しかけてみたいな、と思ったことは何度もある。というより常に思っている。でも、ここぞと言うときに俺は動けない。真正面の座席にすら座れない俺に、話しかけるという度胸を持ち合わせている訳がないのだ。この人に会うために俺は早起き頑張ってはいるのに。そこまでは完璧なのに。

(それにしても、本当にきれいだよな・・・)

 たぶんテレビをつけてもこの子に勝る美人はいない。もう美しすぎてまぶしい。彼女こそ太陽だ。いや、星だ。どんなに遠くにあってもその光は必ずこの地球に届いている。それくらい大きくて強い光を放っているのだ。

 何度か話しかけようと試みるも、だいたい降りるときか友達に「そういえばさー!」と先に話しかけられてしまう。そのたびに俺はああ自分はなんて不甲斐ないんだと嘆いた。


 そんなある日のこと。今日は土曜日だが学校があった。なんで土曜まで行かなきゃいけないんだよ、と思っていると、あの子が乗っていた。いつものように本を読んでいる。しかし、いつもの俺のポジションには人が座られていて、真正面にもなんと先客が。土曜日にしては少し人が多い気もした。なんかイベントでもあるのか?

 しょうがない、座れる席は・・・と見ると、彼女の隣が空いていた。

 こっ、これは・・・。俺はここに座るべきか?いや、ここは友達の席だろう。いつもここで「愛莉ー!」ってくるじゃん。きっとそうだよ。友達の席。そう、そこは俺の席ではない・・・・・・。

 と思っていたが、体は正直である。どういうわけか気がついたら俺は彼女の隣に座っていた。

(む、無意識のうちになぜ?!?!)

 立たなきゃ、そうここは友達の席。俺の席ではない。そうだ俺は入り口付近にでも立っていよう。そうだそれがいい。

「あっ」

 突如となりに座っていた彼女が声を上げた。小鳥のさえずりのような美しい声だと感銘を受けていたが、目線の先には小花柄のハンカチだ。

 俺は思うより速く前屈みになり、そのハンカチに手を伸ばした。すると、彼女の白い手が重なった。

「えっ・・・・・・」

 見ると、彼女は頬を染めて、

「あっ、すみません・・・」

 と、ハンカチを手に取った。

「ありがとうございます。拾おうとしてくれたんですよね」

「えっっと・・・・・・はい」

「これ、大事なものなんです。ポケットに入れといたはずなのに」

「そうなんですね・・・・・・」

 って俺!話してるのに!!なんでこんな素っ気ない対応しかできないんだよ!!!

 案の定彼女も黙ってしまった。俺は慌てて話題を探した。

「あっ、そういえば、ここ、友達の席ですよね?!俺、行こっかなー!あはっ、あh」

「ああ、今日はいないんです。お休みするって言ってたので」

「えっ、そうなんですか?」

「お腹が痛いみたいで」

 まあ女子にはそういうのはありがちだよな。姉ちゃんも腹が痛いからってよく休んでたし。

「そうなんですね」

 ああ俺はまたこんな素っ気ない対応を!しかし、彼女ははい、とうなずいて、

「仕方ないけど、やっぱり寂しいな。いつも一緒だし、私ほかに友達いないから・・・」

 嘘でしょ、こんなきれいなのに友達いないの?!

「ほんとに?!」

「はい。私結構性格が内気で・・・。なかなか初対面の人と仲良くなれなくて。もう高3なのに友達がいないんですよ。笑っちゃいますよね」

 待て待て待て。この人高3だったの?!俺の2個上じゃん!先輩やん!

 という驚きをなんとか心の中にとどめた。

「私の学校って、女子校で。みんなグループ作ってわいわいやってるんですけど、私だけずっと本読んでて。澄香・・・ああ、私の唯一の友達はそんな私にも明るく話しかけてくれて、一番の友達だって言ってくれます。他にも仲がいい子、たくさんいるのに」

 ああ、わかった。

 この人は、寂しいんだ。

 自分にはその友達しかいないこと。そしてその友達はほかの子とも仲がいいこと。その子がいなくなったら自分はひとりぼっちになること。

 俺は、意を決して言った。

「あのっ」

 思わず大きい声になってしまった。彼女は驚いて、

「はっ、はい」

 と驚いて俺に大きな丸い瞳を向けた。吸い込まれそうなほど美しく透き通った瞳に心奪われそうになるも、俺はそれを振り払い、

「じゃあ、俺が友達になります」

「えっ?」

「俺は学校も違うし、学年も違います。まだ高1です。でも、俺はあなたと友達になりたいです」

 もちろん、これがお近づきになるきっかけになるという下心も、一ミリくらいはある。でも、それ以上に、彼女に寂しい思いをさせたくなかった。彼女の表情が暗くなるくらいなら、自分がそれを止めたかったのだ。

 彼女は驚いた顔をしていたけれど、やがて笑った。

「私なんかで、いいんですか?」

「もちろん」

 すると、彼女は頬を赤らめた。淡いピンクのチューリップのように可憐でもう叫びたくなったが、ここは抑えて・・・。

「俺は、あなたと、友達になりたいです」

 真剣に言うと、彼女は嬉しそうに笑った。

「わかりました。私は、太田愛莉です。あなたは?」

「中本悠太です」

「じゃあ、悠太君って呼びますね。私、あなたのことずっと知ってたんですよ」

 衝撃的な言葉。

「ほんとに?」

「うふっ。だっていつも電車が一緒なんだもの」

 知ってたんだ。俺のこと。

「ずっと話してみたかったから、よかった」

 その言葉を聞いたとき、俺はもうここで死んでもいいと思った。それくらい幸せで、涙すらも出そうだった。

 でも、たぶん俺次第だけど。それ以上に幸せな日々が来るのかな。

 この電車でしか、今は会えないけど。いずれはもっと、ほかのところでもあって、遊んで。そんな未来が垣間見えた気がした。

「悠太君?」

 名前を呼ばれて俺は思わず

「はっ、はひっ!」

「うふふ。私じゃあ先に降りますね。今日はありがとう」

 え、もうそんな時間?!俺いつの間にぼーっとしてたの?!

「あっ、は、はい・・・!」

「あ、そうだ」

 彼女は付箋を取り出し、すらすらと何かを書くと、俺にその付箋を渡した。

「これ。もっといろいろお話ししてみたいので」

 なんと電話番号とLINEのIDである。

「えっ、あっ!ありがとうございます!」

「じゃあ、また、LINEしてくださいね」

「はっ、はい!じゃあ!また!」

 彼女はほほえみながら電車を降りた。

 これは・・・これは・・・・・・・・・!

「やった・・・!」

 俺は震える手で彼女のラインを登録し、電話番号も登録した。

 ああ、絶対に手が届かない人だと思ったのに。こんなこともあるんだなぁ。

 これからの毎日が、とても輝く気がする。それがたとえ俺だけだとしても。

 ああ、神様。ありがとう。そして、俺、このチャンスをモノにできるように頑張るよ。


《了》

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