レモンの花が咲いたら 5
5 玄
天涯孤独。
小野さんのことを思い出す度にその言葉が頭をよぎる。
家族もいない。友達もいない。小野さんは周りに何もない形で病気と闘っていたのか。どれだけ心細かったのだろう。どれだけ寂しかったのだろう。何より、何を想って生きてきたのだろう。心を支えてくれる人がいないというのは、本当に辛いことだから。
小野さんのことを考えると、可哀想で可哀想で仕方がない。今すぐにでも俺が代わってあげたいくらいだ。
それでも・・・・・・・・・
俺が、俺なんかが。小野さんに寄り添えるような存在になって良いのだろうか。
ついこの前友達になった俺が。
自分の心すらもきちんとコントロールできていない俺が。
あのときだって、本当ならすぐにでも水原先生の言葉に対応するべきだった。それができなかったのも、俺にはふさわしくないとすぐに思ってしまったからだった。
俺なんかで、本当に良いのだろうか。最期の記憶が、俺みたいな奴で良いのだろうか。
はあ、と息をついた時だった。電話が鳴った。
「もしもし」
『よう』
「洋平さん・・・・・・・・・」
洋平さんは、俺がずっと尊敬していて、追いかけ続けてきたアーティストだ。何もかも投げ出してしまおうと思った時に洋平さんから声を掛けられて、たまに一緒に酒を飲みに行ったりしている。
「どうしたんですか」
『んー。今日のみに行かないって思って。どう?」
「・・・・・・今日は、遠慮しておきます」
『えっ?なんかあったん?いつも断らないじゃん」
そうだったかな・・・
「いや、別に何も・・・・・・」
『ホントに?なんかありそうだけどなぁ。悩んでんの?」
この人は本当に何でも察するなぁ。
でも、洋平さんなら・・・・・・・・・
「実は・・・」
俺は洋平さんに全てを話した。洋平さんは電話の向こうで時折相づちを打ちながら聞いてくれた。
そして、一連の流れを話し終えると、
『・・・・・・・・・それで、自分はそんな役背負えるような存在じゃないって思ったって事か」
「・・・・・・はい」
そうだなあ、と、洋平さんはため息をつくように言ったが、
『でもそれは、その女の子が決めることだ』
「え?」
『最期まで一緒にいる役が、誰が適任なのか。それを決めるのは屋敷じゃないし、主治医でもない。その女の子だと俺は思う。その子に直接聞いてみるのもいいんじゃないか?もちろん、事実を全て話す必要はない。でも、お前が一緒にいたいって言えば、その子はそれに応えてくれるはずだ』
「そうでしょうか・・・・・・」
『きっとそうだよ。お前は自分を下げすぎ』
痛いところを突かれてしまった。
『時間もないんだろう?お前は、お前の出来ることをやればいい。少しでもその子に、自分は生きていて楽しかったと言ってもらえるように』
俺の出来ること・・・・・・・・・。
そうか。
「わかりました。俺の出来ること、精一杯やってみます」
そう言うと、洋平さんは笑った。
『そうそう。その意気だ。じゃあな、お前が今日飲まないなら俺も飲まん』
「なんかすみません」
笑いながら俺が軽く謝ると、
『笑ってんなら飲み来いよな!まあいいけど。じゃあな、上手くいくことを祈ってるから』
「ありがとうございます」
電話は切れた。なんか、凄いタイミングだったな。
でも、俺の心は雲が晴れたようだった。
もう迷わない。
少しでも小野さんに、この人生が楽しいものだったと、最期に言ってもらえるように。
出来ることは全てやってみせる。
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