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レモンの花が咲いたら 12
12 玄
病院に搬送された美月さんは、そのまま緊急治療室に運ばれた。苦しそうに目を閉じる彼女の腕に、沢山の点滴が打たれた。
水原先生を初めとする大勢の医師や看護師が懸命に措置を行う中、俺は待合室で呆然としていた。
考えていることはただ1つ。なぜ今なんだ。せっかく俺達は結ばれたんだと思ったのに。やっと俺達は想いが通じ合ったんだと思ったのに。とてつもなく幸せだったのに。
まだまだ美月さんには、やり残したことが沢山あるじゃないか。ノートのことだってまだ半分以上残っている。
お願いだから、まだ死ぬなんて、辞めてくれよ・・・・・・。
*
もうすっかり夜も深くなってきた頃だ。俺はまだ待合室にいた。
「屋敷君。ちょっといい?」
緊急治療室から水原先生が出てきた。俺はとっさに立ち上がり、
「はっ、はい」
と、情けない返事をした。
先生はそんな俺に構わずに診察室へと入れる。そして、俺に座るように促した。
「本当はもっと早くに話したかったんだけど、容態が容態でね・・・。ごめんなさいね」
「・・・・・・・・・美月さんはもう・・・・・・」
俺の言葉に、水原先生はため息をついた。
「正直な話、来るべき時が来てしまったかもしれない。今美月ちゃんはかなり危険な状態なの。体中がもう悲鳴を上げている。正直な話、もう意識が戻る保証も出来ない」
そんな・・・・・・・・・。嘘だろう。
「体調を崩したあのとき、病院に戻らせていれば良かったんでしょうか」
あの、体調があまり優れなかったあの日々が頭をよぎる。
「おはよう、美月さん」
俺が起きてそう言うと、ベッドに寝ていた美月さんは目を開けて、
「ううん・・・・・・なんか凄くだるい・・・」
「え。どうしたの?大丈夫?」
「後なんか体が痛い・・・」
「どこら辺が?」
「肘とか膝が痛い・・・・・・・・・」
これは何かまずいのでは、と思い、俺は、
「大丈夫?病院戻ろうか」
と、俺が言うと、彼女は激しく頭を横に振った。
「嫌だ。帰りたくない。ここにいたい」
「でも・・・」
「お願い。玄さん」
哀願するような目で見られたら「ダメ」と言われるわけがなかった。俺は
「わかった」
とだけ言って彼女から離れて先生に電話した。どうしても帰りたくないみたいだと言ったら、看護師を派遣すると言ってくれた。それで俺は安心してしまったのだ・・・・・・・・・。
先生は静かに言った。
「出来れば、今日中に。屋敷君には、美月ちゃんに延命装置をつけるか判断をして欲しい」
「延命、装置?」
何のことか分からず俺は聞いてしまった。
「もしも、本当に意識が戻らないとなれば、彼女に延命装置を付けることができる」
「それをすれば、美月さんはまた――」
「でも。あの子がまた目を覚まして話ができるようなな状態になるかは、分からない。そうなったとしても、確実に彼女はもうこの病院からは出られない」
俺の言葉を遮るように、そして希望を打ち消すように先生が言った。俺はその言葉に、何かが音を立てて崩れていくような感じがした。
「俺があのとき、美月さんを無理矢理でも病院に戻らせていれば良かったんでしょうか」
「屋敷君」
「俺が、もっとしっかりしていれば。美月さんはこうならずに済んだんですか。俺が、俺がもっとちゃんと、美月さんの身の回りの世話をしていれば。俺がもっと、美月さんの食事とかにも気を遣っていれば。俺がもっと、美月さんと思い出を作っておけば――」
「やめなさい!!!」
先生からは到底想像できないような声で、俺を止めた。
「あなたはよくやったわ。本当なら、いつこうなってもおかしくなかった。でも、この2週間。あなたと過した時間は彼女にとってかけがえのないもののはず。あなたと過すことで美月ちゃんは明るくなれたの。だからそんなに自分を責めないで」
先生にそう言われても、俺はそれに従うことが出来ない。何度考えても、俺のせいだったとしか思えない。
先生は、話を戻すわ、と言うと、
「もしものときは、美月ちゃんに延命装置を付けますか?」
言葉に詰まる。正直な話、美月さんがこの世界にいてくれたら、もうそれだけでいい。何も望まない。むしろ、いなくなってしまったら、今度こそ俺は本当に生きる希望を失う。彼女のいない日々にまた戻るのは耐えられない。
だが、美月さんは、俺と出会うまでに沢山辛い思いや痛い思いをしてきたはずだ。ずっと1人で病気と闘ってきた彼女を、休ませてあげたいという思いもある。
たかだか俺ごときのエゴなんかで、彼女の命を左右するようなことをしてもいいのだろうか・・・。
「え、えっと・・・・・・」
俺がそう判断に困ったときだった。
「水原先生!」
看護師が診察室に入ってきた。様子がおかしい。
「どうしたの?」
すると、看護師は息を切らしながら言った。
「美月さんの、意識が戻りました!」
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