![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54437367/rectangle_large_type_2_c1ff013d3576622ccbecf05a4f6c7392.jpeg?width=1200)
レモンの花が咲いたら 9
9 玄
小野さんと出会ってから、俺は点字を勉強していた。最初こそはやはり難しくて、美月さんにノートの内容なども全部読んでもらっていたが、だんだん助けがなくても読めるようになってきた。
ずっと俺は小野さんと呼んでいたが、洋平さんと会った後に、洋平さんにも名前で呼んでもらっているから、あなたも下の名前で呼んで欲しい、と言うことで俺は美月さん、と呼ぶことになった。恥ずかしかったが、彼女はとても嬉しそうだった。
美月さんはいつも楽しそうではあるが、食欲は日に日に少なくなってきていた。一時期点滴だけだったときもあり、食事に関してはあまり無理のないようにと言われているが、前まで朝昼夜の食事が、今では朝と夜だけになってしまった。「食べなきゃ」と俺が言っても「欲しくない」と言われてしまう。一応そのことは水原先生にも報告しているが、あまり珍しい話でもないらしく、一応様子だけ見ていてくれと言われた。
そうは言うものの。どうしたもんだろう。好きな食べ物とか、あんまりないらしいし・・・。
あ、そうだ。
「美月さん、ご飯作らない?」
俺は美月さんを台所に立たせるのが怖くて、今までは全部俺が料理をしてきた(俺も料理は慣れないけど)。それでも、料理をすれば少しは食事が楽しくなるかもしれないし、思い出作りの一環にもなる。
ベッドにいた美月さんは驚いた顔をしていたが、
「うん!作る!」
と、快く頷いてくれた。
「じゃあ、一緒に台所行こっか」
と、俺は美月さんを車いすに移動させて、台所へと向かった。
料理と言っても、そんなたいした物は作れない。俺も食に対しては(人に比べて)執着がないし、料理もたくさんしてきたわけではない。だから難しい物は作れないし、そういった物を作れるだけの材料も道具もない。
でも、美月さんが来てからは食事に多少なり智希を使うようになった。脂っこい物や塩気が多すぎる物は控えろと言われているし、できる限り野菜中心になるようにしてきていた。それ故に野菜炒めぐらいしかちゃんと作れてないんだけども。
どうしようかなあと思っていると、棚に2人分のインスタントラーメンがあることに気がついた。塩ラーメンであっさり系だし、これにしよう。卵と乾燥わかめも確かまだあったはずだ。
俺は、棚からラーメンの袋を取り出すと、
「じゃあ、ラーメンを作ります」
「はい!」
「麺の袋は、開けられる?」
「うん!頑張ってみるね!」
はさみを俺は渡さない。目の見えない彼女に刃物を渡すのがとても怖かったのだ。そのかわり開けやすいような感じで彼女に麺の袋を持たせる。
「えっと、どうしたらいい?」
「あ、こうやって・・・・・・・・・」
俺は後ろから美月さんの手に自分の手を添えた。いつになく近い距離で胸が高鳴る。美月さんは目が見えない代わりに耳がとても良いから、悟られたりしないだろうか。
「・・・・・・開いた!」
嬉しそうな美月さん。
「じゃあ、その袋から中身を取り出してみて」
「うん!」
そうして、彼女はゆっくりと中身を取り出した。
「このごつごつしたのは?」
「それが麺だよ」
「すごい!これがラーメンになるんだ!・・・・・・あれ、袋が2つ出てきた!1つはブニブニしてる」
「そのブニブニしてるのは油だよ。もう1つの方はスープの素。粉なんだ」
「へえ!すごい!!!」
俺にとっては当たり前のことなんだろうが、美月さんはラーメンを作ることすらも初めてなんだ。
「じゃあ、今の1セット、もう一回やってみて」
「が、頑張る!」
そうして、美月さんは奮闘し(と言っても、麺をゆでたりはさすがに危ないのでさっきのように袋を開けたり、油を器に入れるところまで)、料理は完成した。
出来上がって、盛り付けをしたときに、
「わあ!すごく美味しそうな匂いがする!絶対美味しいよ!」
「本当に簡単にしか作ってないけど・・・」
「私料理とか初めてしたけど、楽しかった!ねえねえ、早く食べよう!」
「はははっ。じゃあ、食べよっか」
「うん!頂きまーす!」
と、彼女は麺をすする。
「美味しい?」
そう聞くと、
「もちろん!今まででいちばん美味しい!」
と、笑った。
「じゃあ、また作ろうね」
「うん!」
春の日差しのような温かな笑顔を浮かべる美月さんに、また胸が高鳴った。この時間が永遠に続いて欲しかった。
*
その日の夜。美月さんはすっかり寝入っていた。俺はそれまで作業をしていたので、気がつけばもう夜も更けていた。トイレに行って寝ようと思い、立ち上がると、机に彼女のノートが置いてあった。
珍しい。基本的に美月さんは肌身離さずあのノートを持っているから。机に置きっ放しなんかぱなしなんかしないはずだ。
あまり他人のプライヴェートに介入するのはよくないとは思うが、何が書かれているのか気になる。
まあ、あのノートに書かれているのは、美月さんのやりたいことだ。知らない内容などほぼないとは思う。
少し迷ったがバレなきゃ良いだろう、と思い俺はノートを開いて読んでいった。
俺の予想通りやはり、知っている内容だった。旅行、街で甘いものを食べる、ショッピング、海、お花畑に行く、お花の冠を乗せる・・・。本当に様々なことが書かれている中、初めて知る文を見つけた。
「大好きな人の、お嫁さんに、なりたい・・・・・・・・・」
一瞬間違いかと思ったが、何度指を凹凸に走らせてみてもそう読めた。まだ続きがある。俺は更に読み進めた。
「玄さんの、お嫁さんになりたい・・・・・・・・・」
思わずノートを落としそうになった。俺は、音を立てないようにいすに座り、ゆっくりと息を吐く。落ち着け、と言うように。
いや、まさか。そんなこと・・・。そう思いまた同じように読んでみるも、書いてあることは一緒だ。
同じ気持ちだったってこと?
それは凄く嬉しい。気持ちはもう通じ合っていたんだと思うと。本当に嬉しいんだけれど。このノートを見て知ったと聞いたら、一体美月さんはどんな反応をするのだろう。
そもそも俺にその部分を聞かせてこなかったのは、やはり向こうだって恥ずかしいからに違いない。それを俺が「ノート見たけど、俺のこと好きなの?」なんて言うのはおかしい。狂っている。
でも・・・・・・・・・。
それが彼女のやりたいこと。彼女の夢ならば、俺はそれを叶える義務がある。
男になれ、俺。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?