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レモンの花が咲いたら 15

15 玄


 次の日。病院に行くと、先に診察室へ呼ばれた。

「おはようございます」

「おはよう。屋敷君。さっそくだけど、今日これから手術をすることになったわ」

 あまりに急で俺は驚いた。

「えっ」

「あの後眼科の先生に相談したらちょうど眼球のドナーで新しいのがきたから、せっかくならもうやってしまおうってことになったの。本当はもうちょっと様子を見てからがいいんだけど・・・ね」

 先生も分かっているようだった。

「わかりました。それで、美月さんはそのことは・・・」

「知っているわ。さっき話した。嬉しそうにしていたわ。まだ手術までに時間があるから、会ってあげて」

「はい」

 俺はそう返事をして診察室を出て、病室へ向かった。

「おはよう」

 そう言ってはいると、

「玄さん!今日、目が見えるようになるかも!」

 嬉しそうに笑う美月さんがいた。

「ああ。さっき先生から話があった。よかったね」

「玄さんが水原先生にお願いしてくれたの?」

「うん。昨日帰るときにね」

「そうだったんだ。ありがとう。私なんかのために」

 俺は美月さんの手を握って、しっかりと言った。

「君だからそうするんだ」

 美月さんははにかみながら笑い、

「ふふっ。嬉しい。願いを叶えてくれてありがとう」

「まだ見えてないでしょ?」

「でもいいの。今のうちに言っておきたかったの」

 そして彼女はしみじみといった。

「やっぱり、玄さんが大好き……」



 そして手術が始まった。手術には眼科の先生と水原先生がいたが、もしもの事態に備えてたくさんの看護師や医師が準備している姿があった。美月さんの手術は、健康な状態なら何の負担もないそうだが、彼女の体力面からしてはあまり芳しくないのだ。

 見えるようになる、とはいえ、それも長期的には続かないらしく、またいつか目が見えなくなるらしい。それは美月さんも了承していた。

 それにしても……早く戻ってこれるといいな。


 その日の午後。ようやく手術室が開いた。

「せ、先生!」

 水原先生は、俺のほうを向いて、

「屋敷君。一応、手術は成功したわ。でも・・・・・・・」

 そこで先生の言いたいことはすべてわかった。手術中に何度も他の先生や看護師がバタバタとしながら手術室の方へ向かっていくのを見た。それで何となくは予想がついていたのだ。

 俺はうなずいて、

「わかりました」

 とだけ言った。むしろこれしか言えなかった。

 病室に行くと酸素吸引機をつけて両目に包帯を巻かれた美月さんがベッドで眠っていた。麻酔が効いているらしい。

 そのわきに座ったちょうどその時、水原先生が入ってきた。

「先生」

「屋敷君。少し話があるわ」

「はい」

 水原先生は、一呼吸おいていった。

「美月ちゃんの意識が、手術中になくなってしまった」

 その言葉に俺は絶句した。それでも先生は続けた。

「やはり体への負担が大きかったのね……。こうなることは予想していたからいろんな先生に協力してもらったけれど…。次目覚めるかはわからない…」

「そんな…。前に戻ったってことですか?」

「ええ……」

 水原先生は頭を下げた。

「力不足で、申し訳ありません」

 先生の体が震えているのを見て、心底先生も悔しいのだと分かった。それと同時に、俺もどん底に突き落とされたような感覚になった。

「麻酔で寝てるんだろ…。ねえ、美月さん…!」

 しかし彼女は起きない。体を一つも動かさない。

「おい、おい!!起きてくれよ!!!」

 ほほに涙が垂れていく。悔しくて、そしてなぜ自分はこんなにも無力なのかと、情けなくて仕方がない。

 せっかく美月さんの願いが叶うと思ったのに………。

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