レモンの花が咲いたら 14
14 玄
美月さんの最後の願い。
それは、美月さん自身の目で、俺の顔を見ること。
おそらくというか、もう確実に美月さんは自分の死期を悟っている。それ故に最後にその願いを叶えて欲しいんだろう。
でも、おそらく目が見えるようにするには手術とかしなきゃいけないはずだ。今の彼女にそんな体力は残っているのだろうか・・・。
面会時間が終わり、俺は一度家に帰ることになった。ホントは帰りたくなかったが、美月さんの着替えなども持ってきてあげてほしいし、今誰が見てもぎょっとするような服(一応荒井はしたがまだ美月さんの血がついている)なのでさっさと着替えろ、と、看護師に言われた。
病院を出て、帰ろうとしたときだった。
「屋敷君」
呼ばれて振り返ると、水原先生がいた。
「今から帰るのね」
「はい。面会時間も終わったんで」
「そう。とりあえず、美月ちゃんの意識が戻って良かった。油断は出来ないけれど、数値も安定している」
「良かった・・・」
話も何となくだが出来るし、俺らの思惑が外れて美月さんが回復すれば良いんだが・・・。
「あの、先生」
「どうしたの?」
一瞬、あのことを言うのをためらった。無理だ、と言われるのが目に見えていたから。でも、美月さんの願いなら叶えないわけにはいかない。
「美月さんが、俺の顔が見たいって・・・、言ってて・・・・・・」
「あなたの、顔を?」
しばらく考え込んでいた先生だったが、やがて先生はふっと笑い、
「あの子は、本当にあなたが好きなのね」
そして、しっかりと俺の眼を見て、
「理論的には移植手術をすれば目が見えるようになるわ。眼科の先生にも相談してみるけれど」
「そうなんですか?」
「ええ。実は何度か、美月ちゃんにその話を持ちかけたことがあったの。でも彼女は別にいいって言ったけれど・・・。いよいよそれを願い始めたのね」
「じゃ、じゃあ・・・」
「でも、果たして今の美月ちゃんにその手術を耐えられるような体力があるのかはわからないわ。もっと回復してからの方が良いかもしれない」
確かにそれはそうだ。逆に今すぐにその手術をするのは、大きなリスクが伴う。
でも・・・・・・
「美月さんは、もう自分の死期を悟っているんだと思います。理由は分からないけれど・・・。だから、たぶんこれが美月さんの最後の願いなんです。それに・・・それに・・・・・・」
俺は拳をぎゅっと握って、
「俺、約束したんです。最後に、美月さんが自分が生きていて幸せだったと言ってもらえるようにするって。だから、俺はどうしてもその願いを叶えてあげたいんです」
美月さんには、まだまだやり残したことが沢山ある。特に最近は体調を崩してしまっていたから、出かけることができなかった。まだあのノートの半分も叶えていないはずだ。
でも、せめて。
この最後の願いだけは、どうしても叶えたい。
「・・・・・・わかったわ」
「え?」
「眼科の先生と掛け合って、なるべく早く美月ちゃんの目の移植手術をしましょう。ドナーがあればすぐにできるわ。でも、それで美月ちゃんの寿命を削ることになってしまってもいいの?あと1つ。あなたにはまだ延命装置の装着の装着の是非を聞いていない。逸れも含めて聞いても良いかしら」
一瞬だけ迷った。彼女の生死を、他の誰でもなく俺が左右するんだ。
でも、もうずっと1人で病気と闘ってきた彼女を楽にしてあげたいという気持ちがあった。もう沢山苦労したから、苦しみのない世界に旅立って欲しいと思った。
俺は言った。
「お願いします・・・!」
先生は頷いて、
「わかったわ。出来るだけ早く出来るように掛け合っておくから。じゃあ、また明日」
そう言って先生は病棟へと去って行った。
この判断が正しいのか、分からないけれど。
でも、彼女のためなら、正しくないことも、正しいことにしてみせる。
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