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39 years young. ジャスティン・ガトリン

 6月20日(日)全米選考会3日目。父の日。

 スタジアムを歩いていたらジャスティン・ガトリンのパートナーに遭遇した。傍らには6ヶ月になるジャックスくんがストローラーで気持ちよさそうに昼寝をしていた。
「ジャスティンのレースの時に起きていてほしいから、今のうちにたっぷり寝てもらわないと」 
 様子を見ながら、彼女はそう話す。
「コロナのせいでトリニダード・トバゴに住むお母さんは出産に立ち会えなかったの。でもジャスティンがいてくれて助かったわ。シーズン中だったらひとりぼっちだったもの」
 レース前の不安もあるのか、いろいろなことを話してくれた。
 五輪が延期になって、ガトリンが落ち込んでいたこと、最後の五輪にむけて頑張っていること、父の日は先週家族でお祝いしたこと。
 ガトリンのよき父、よきパートナーとしての表情が浮かんでくる。
「トイレに行きたいんだけど、ジャックスのこと見ていてもらえる?」
 決戦の前に、なぜかガトリンの息子のベビーシッターをすることになった。とはいっても、スースーと寝息を立てている坊やをただ眺めているだけだけど。
 何人かの知り合いの選手やコーチに「何やってるの?」と声をかけられたが、大声で話して赤ちゃんが起きると困るので、目で挨拶をして追いやった。
 しばらくして彼女が戻ってきた。
「ごめんね。仕事があるよね。引き止めちゃってごめんなさい」
「ううん、大丈夫だよ」
 そんな感じで、最後はグッドラックと言って別れた。

 100m準決勝。
 ガトリンは1組3レーンに入った。
 スタートの号砲で4レーンのブロメルと5レーンのベナークが飛び出す。ガトリンは出遅れた。快調に走る2人を必死に追いかける。
 調子が悪い時の走り。オーバーストライドになり、70mくらいで足をちょっと痛めたように見えた。
 10秒00の組3位。決勝に残ったのが幸運といっていいレースだった。

 1時間半後の決勝。
 ガトリンは2レーンに。いつものようにフィニッシュライン直前まで歩き、その後、スタンドにいる家族と目をあわせる。これは長年行ってきたスタート前の儀式のようなものだ。
 スタジアムアナウンサーがファイナリストを紹介する。
「ジャスティン・ガトリン。39イヤーズ・ヤング(39 years young)」
 スタジアムからちょっと笑いと、そして温かい拍手が起きた。
 スタートからバーンと飛び出したブロメル、ベイカー、そしてカーリー。ガトリンは遅れた。必死の形相で、腕を大きく振り、足を上げる。しかし準決勝で痛めた足は、もう走れる状態になかった。
 80mほどで減速し、白線にたどり着くのがやっとだった。9秒80で優勝したブロメルから、1秒以上遅れてのフィニッシュ。
 
 目を赤くはらしながらミックスゾーンに来た。
「I’m sorry」と言って、タオルに顔を埋める。
 いいよ、話せるまで待つから・・・と質問者が応じる。
「この歳で五輪選考会の舞台に立てたことはうれしい。でも悲しい」
 言葉をしぼりだそうとするが、涙が止まらない。
 五輪への思い、代表になれなかった悔しさがこみ上げてきたのだろう。頭を抱えて、激しく嗚咽する。髪の毛には白いものがたくさん見える。
 39歳まで現役を続ける難しさ。続けたかった理由。暗い過去を持つ彼には証明したい何かがあったのだろう。
 これが最後のレースになるのか。来年の地元米国での世界陸上まで現役を続けるのかはわからない。
 39 years young、ガトリンの五輪は悲しい形で幕を閉じた。
 

 
 

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