五輪金メダルのトリ・ボウイがゴールの向こうに行ってしまった

 大リーグの取材を終え、ホテルで原稿を書いて、就寝したのが朝3時。8時過ぎに携帯に何人からかメッセージが届いていた。

 「トリが亡くなった」

 え、と思ってネットを見ると、スプリンターのトリ・ボウイが亡くなったというニュースが流れていた。

(え、なんで)としばらくフリーズした。しばらく経ってから、最後に話したのはいつだっただろう、どんな会話をしたんだったかなと考えた。

 トリは東京五輪の選考会には出ていない。ドーハ世界陸上のミックスゾーンが最後だったと思うけれど、思い出すことができない。。。

 最後にきちんと会話をしたのは2019年の8月で、ヨーロッパで同じホテルに泊まっていた。夕食から戻ったらトリがロビーで電話をしながら号泣していた。ホテルの受付の人や周囲がびっくりするくらい泣いていて、さすがにその場から立ち去れず、話終わるのを待って肩をポンポンと叩いた記憶がある。
 その時、トリはピンクの可愛らしいお洋服を着て、それに合った小さなバッグを持っていた。「可愛いファッションが好きなんだな」と思ったのも覚えている。
 翌日のレースは確か100mで勝って、ミックスゾーンで「笑っている方がカワイイよ」と茶化したら、トリの代理人に(試合後にいきなり何言ってるのよ、みたいな)怪訝な顔をされた。
「昨日、泣いてるの見られたの」
 トリがすぐにフォローしてくれた。
 
 最初に彼女に会ったのがいつなのか記憶にない。ストライドが美しくて、すらっとして目鼻立ちが整って、きれいな子だなというのが第一印象だった。でも話すとミシシッピ訛りで、しかもトリはおばあちゃんに育てられたので、ちょっとそういうニュアンスの話し方もあって、そのギャップに親近感を持った。
 私が私が、俺が俺が、と自己主張が強いスプリンターの中で、彼女は一歩引いて、笑うときも喜ぶときも控えめで、なんとなくスプリンターっぽくないなと感じた。

 生い立ちはちょっと複雑だった。
 幼い時、確かトリが2歳、妹が1歳くらいの時に、彼女たちは児童養護施設に預けられ、しばらくしてからそれを知った父方の両親、つまり祖父母が彼女たちを引き取っている。複雑な環境だったはずだけど、祖父母や親戚の愛情を受けてきちんと育てられた娘さんだった。ただ一方で、何かどこか遠慮したり、感情を抑えるのは、そういった環境のせいなのではないかと思う。
 
 米国の陸上界では、親しい人同士ハグをする。それは性別、人種に関係なく。そしてミックスゾーンだけで話す程度、またメールでやりとりする程度の知り合いだと挨拶だけになる。
 トリとは何回か話したことはあったけれど、なんとなくハグをするような関係ではないのかな、と思って、大会の時にほかの選手とはハグをしたけれど、彼女とは挨拶だけにとどめたら「え?」という顔をされて、彼女からハグをしてくれた。
 ああ、そっか、トリは気持ちを表情に表すのがちょっと苦手なんだな、彼女は私ともっと近い気持ちでいてくれたんだな、と反省して、その後はいつもこちらからハグをするようになった。そういう控えめなところも彼女の魅力で、でもレースではそういう部分を見せずに気が強い走りをするのも素敵だった。

 トリと交わした会話を思い出そうとして、浮かんだのは楽しいものだった。
 世界陸上でメダルを取った後に「おばあちゃんと電話で話した?なんて言われた?」と訊ねたら、「まだ次のレースがあるんだから、忘れ物しないように気をつけなさいって言われた」と。
 メダルおめでとう、がんばったねではなく、心配の言葉がいいなと思った。
「私、しょっちゅう忘れ物するから」
 笑いながらトリがそう付け加えたので、一緒に笑ったのを思い出した。
 
 彼女が亡くなった日、世界陸上や五輪を中継する米国NBCのキャスター、ルイス・ジョンソンがこうツイートしていた。
「…let’s stop walking PAST each other & look AT each other, talk TO each other. “How are you doing?” And be ready for a truthful reply. Your humanity might save someone. Sadly, it’s too late for Tori and my heart is broken. We ALL failed her & others leaving like this.」
(通り過ぎるのではなく、互いを見て話をしよう。 "最近どう?”と尋ね、それに対して誠実な返事をする準備をしよう。あなたの人間性が誰かを救うかもしれない。悲しいことに、トリには手遅れで、私はとても悔しい。私たちは皆、彼女やほかの人がこのような形で去ることを止められなかった)
 
 メディアと選手は頻繁に会うけれど、友達という関係ではないし、チームメイトでもない。強いて言うなら「同僚」だろうか。ある職場で一定期間一緒に働いた仲間、という表現が一番しっくりくる。
 自分が彼女に何かできたか、と言うと、多分、いや、99%何もできなかったと思う。でも一緒の時間を共有し、彼女のレースを、成長を、葛藤を見てきた同僚としては、何かができたのではないかと思ってしまう。
 
 大勢の人が彼女を好きだった。彼女の走りも、シャイで控えめで、可愛くて、おてんばなところも大好きだった。

 We all miss you so much. RIP. 
 
 
 

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