五輪の出発前日に亡くなった祖父に捧げる金メダル


 8月5日
 陸上男子砲丸投、リオ五輪に続き連覇を決めると、ライアン・クルーザーはカメラに1枚の紙を向けた。

Grandpa.
We did it.
2020 Olympic Champion
(おじいちゃん、俺たちやったよ。2020年オリンピックチャンピオン)

 応援に来られない祖父にTVカメラを通じてメッセージを送ったのだと思った。東京五輪は無観客で、米国選手の多く家族や友人を集めて応援をしたり、NBC主催のディズニーワールドで行われているビューイングパーティに参加している。ライアンのおじいさんもきっと自宅で見ているのかな、と、その時は思っていた。

「子供の時に祖父の家の裏庭で砲丸を投げたのがきっかけなんだ。祖父がコンクリートまで飛んだら20m、ここの芝生までなら10mだよ、と教えてくれたんだけど、小さかったから全然飛ばなくて、でも楽しくてコンクリートまで飛ばしたいって思った」

 お祖父さんも連覇を喜んでいるのでは、そう思った。しかしそこからライアンの表情が曇った。

「東京に出発する前日に祖父が亡くなったんだ。ここしばらく体調が悪かったんだけどね。コロナで2019年の年末以来会っていなかったんだけど、7月の全米オリンピック選考会の後に祖父を訪ねて、世界記録を出したこと、五輪に行くことを報告した。祖父は耳が聞こえなくなっていて、だから家族や周囲の人は紙に書いて見せて、それで会話していた。世界記録出したよ、それが最後にかわした会話になった」
 
 ライアンの顔がくしゃくしゃになる。

 23歳で出場したリオ五輪で金メダルをとったが、2017年ロンドン世界陸上は6位、2019年ドーハ世界陸上は銀メダルと再びの頂点への道のりは簡単ではなかった。
 ドーハ世界陸上のあと、コロナで五輪は延期に。その後、感染対策のために家族や友人と会わない生活を続けた。
 コーチでもある父親ともリモートでの指導を受ける状態になり、練習時は携帯やタブレットなどを3つ設置し、投擲を撮影。それを分析しながら技術改良に務めた。
「リモートでのやりとりは大変だったけれど、でもコロナだし仕方がなかった」
 動画を送り、自分の感覚を説明、フィードバックをもらい、それを練習で実践する。その繰り返しをコツコツと行った。全米オリンピック選考会では23m37の世界記録を樹立し、今大会も金メダル候補だった。

 1投目で22m83のオリンピック記録。その後も22m93と好記録を出し、ライバルたちにプレッシャーをかける。
「暑さとの戦いになると思ったので、1投目から記録を出したかった」
 気温35度を超える中、さらに記録を23m30と更新。2連覇を成し遂げた。

「祖父が亡くなって、辛くて、チームメイトがコロナになったストレスもすごく大きかった。選手村の部屋で1人でいた時に、どうしたら心が落ち着くだろうと考えて、紙に祖父へのメッセージを書いたんだ。空から見てくれていると思う」


 

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